「亡くなった人たちの分も一生懸命生きていかないといけない」。初めてプロ野球選手として迎えた「3・11」。千葉ロッテマリーンズのドラフト1位新人、佐々木朗希投手(18)は故郷岩手につながる青空の下、黙とうした。

 岩手県陸前高田市に住んでいた小学3年時、東日本大震災の津波で父の功太さん=当時(37)=と祖父母を失った。3兄弟の次男。野球を始めて間もない時期だった。

 最速163キロを誇る剛腕も、当時は9歳。普段からキャッチボールの相手をしてくれた功太さんとは「一緒に兄と3人で野球をすることが多かった」。

 高さ15メートルを超える津波。自宅は流され、老...    
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