一九六八(昭和四十三)年一月九日午前九時。自衛隊体育学校(東京)の重量挙げ選手だった三宅義信(80)は、円谷幸吉らと神奈川県の米軍横須賀基地にあいさつに行く朝だった、と記憶している。

 校長も出発の準備ができているのに、近くの官舎に住む円谷の姿がない。陸上班に聞くと、部屋に鍵がかかっている。三宅は「こじ開けろ」と命じた。

 官舎隣室のレスリング選手が、円谷の部屋と共用のトイレから入る。「円(えん)ちゃん、明けましておめでとう」。衝撃の始まりだった。

 壁にかかった自衛官の制服に走る血しぶき。駆けつけた陸上班後輩の白倉和義(76)の目に焼き付いている。...    
<記事全文を読む>