まだ一ドルが三百六十円の時代。東京五輪サッカー競技で活躍し、強豪アルゼンチンの代表監督に「二十万ドルの価値がある」と言わしめた男がいる。当時、明治大の三年だった杉山隆一さん(78)=藤枝市。釜本邦茂さんらと攻撃の中心を担い、日本の八強入りに貢献した。

 東京五輪を四年後に控えた一九六〇年。自国開催の五輪に照準を合わせ、日本蹴球協会(現・日本サッカー協会)はある人物を代表コーチに招聘(しょうへい)した。後に「日本サッカーの父」と呼ばれるドイツ人のデットマール・クラマーさん(故人)だ。

 サッカーは日本ではまだマイナー競技で、土のグラウンドが当たり前の時代。「プロの...    
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