来年球団創設70周年を迎える広島東洋カープは、市民が身銭を投じた「たる募金」で草創期の資金難を乗り越えた。創設されてまもない1951年、当時の石本秀一監督に寄付金の目録を手渡す写真の「少年」がこのたび、判明した。松山市の森山修次さん(78)は「カープの試合が見たくて手伝いに出掛け、そのついでじゃった」と懐かしむ。

 森山さんは千田町(現広島市中区)で生まれ育ち、近所の電器屋の手伝いで広島総合球場(現コカ・ウエスト広島球場)へ通った。「場内放送用の機材を積んだリヤカーを後ろから押してね。着いたらバックネットによじ登ってスピーカーを取り付け、試合後は片付け。アイスやパンがもらえ...    
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