令和初の国体で、本県が45年ぶり2度目の天皇杯獲得を確定させた。昨年の福井国体で目標の1桁順位に届かず、16位に終わってから勝負の1年。「天皇杯の獲得なくして茨城国体の成功なし」の号令の下、県、競技団体、選手が一体となり、一層の選手強化を図った結果が実った。県が採用したスポーツ専門員が原動力となり、得点が高い団体競技が次々と好結果をもたらした。県教委競技力向上対策室は「地元の大声援も力になっている」とした。

2011年3月、当時の橋本昌知事が国体招致を表明。それ以降、選手強化が本格的に始まった。だが、なかなか結果は伴わず、本県の順位は20〜30位台と低迷を続けた。...    
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