遠野市出身で本県野球の発展に貢献した小原益遠(おばらますお)が4日、同市新町の常福(じょうふく)寺で営まれた。早稲田大野球部時代は初の早慶戦で4番打者を務め、日本のチームとして初めてとなる米国遠征に参加。ベースボールの本場で吸収した技術や精神を古里に伝え、旧制遠野中(現遠野高)野球部育ての親としてたたえられている。関係者は本県野球の発展を墓前に報告し、その礎を築いた偉人をしのぶとともに、国際化が進む野球の隆盛を願った。

 春の柔らかな日差しが降り注ぐ境内の一角。遺族は益遠が眠る墓の前で手を合わせた。同市六日町のめい小原康(やす)さん(81)は「益遠さんは足が速く、運動能力抜群だったと聞...    
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