今年で70回の節目を迎える東西松浦駅伝。2月5日の記念大会を前に、たすきをつないできたランナー(走人)たちの熱走の歴史を振り返る。(敬称略) 終戦から2年が過ぎても、地域には敗戦による疲弊と虚脱感が漂い、若者たちは娯楽に飢えていた。「地域を元気づけるために駅伝が開けないか。青年団対抗にすれば盛り上がる」。地元の陸上競技関係者がそんな夢を描いた。

 発案の中心人物は有田町の吉富順一。大正期に活躍した長距離ランナーで、1924(大正13)年のパリ五輪の際は5000メートルの国内最終予選まで進んだ。戦後は県陸上競技協会理事を務め、「吉富走人」と名乗って有田に「吉富走人工房」を築窯。目をかけた若...    
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