長いもみ上げを生やし、エネルギッシュな風貌。亡くなった石黒修さんは加茂公成、宮城淳両選手の後を継いだテニス界のエースとして知られた。プロに国内で活動の場をつくった行動派ビジネスマンでもあった。

 兵庫県の甲南中1年の時、2学年上の先輩、松岡功さんのプレーを間近で見た。球足の遅いクレーコートでのストローク戦が主流の時代に、サーブアンドボレーで積極的に攻めるスタイル。影響を受けて技術を習得し、トップ選手の階段を上った。慶大、三菱電機と進んで全日本選手権を制し、最高峰のウィンブルドンには6年連続出場。海外の試合で強豪を破り、戦後のテニスブームの中で存在感を示した。

 30代でのプロ転向が、後進に...    
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