作新学院高硬式野球部監督、部長として史上初の甲子園春夏連覇に導いた宇都宮市出身の山本理(やまもと・おさむ)氏が19日午前2時10分、病気のため同市一ノ沢町の自宅で死去した。83歳。

 通夜は23日午後5時半から、葬儀は24日午後1時半からいずれも同市上欠町、「悠久の丘」式場1階で行う。喪主は長女眞理(まり)さん。

 1949年、作新学院高2年生時に全国高校野球選手権大会県予選で優勝、翌年には主将を務めた。神奈川大卒業後、55年に作新学院高硬式野球部監督に就任した。

 58年、監督として甲子園初出場し、ベスト4に入る。同年の富山国体で初優勝。八木沢荘六(やぎさわそうろく)、加藤斌(かとうたけし...    
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