新天地で飛躍を誓う大田は、会見の席上であえて口にした。

 「『巨人の大田』は忘れてもらって、これからは『ファイターズの大田』になれるように頑張っていきたい」 2009年、当時の高校ナンバーワン野手として、神奈川・東海大相模高からドラフト1位で巨人に入団。当時の指揮官は同校OBの原辰徳監督。「後継者」の期待を背負うほどの逸材でもあった。

 だが、それからは苦悩の日々。毎年のように大型補強を敢行し、巨大戦力と呼ばれるのが当たり前の巨人という組織で、過酷を極める生存競争の波にのみ込まれていた。鳴り物入りで入団して8年。訪れた転機は、入団時からの目標である「レギュラー奪取」を果たすため、またとない...    
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