1995年の第77回大会で帝京(東東京)に敗れて以来の決勝も、王座には届かなかった。星稜(石川)は剛腕投手の奥川恭伸を擁し、北陸勢として初の夏の甲子園大会制覇に挑んだが、厚い壁にはね返された。

 星稜は甲子園で悲劇がつきまとってきた。高校野球ファンの語り草になっているのが、79年の第61回大会の箕島(和歌山)との死闘だ。1―1で入った延長戦。星稜は十二回、十六回と2度勝ち越しながら、いずれも奇跡的な本塁打で追い付かれた。十六回は2死からファウルフライを追いかけた一塁手が、捕球直前に転倒。“打ち直し”で同点弾を浴びた。十八回に3―4でサヨナラ負けを喫し...    
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