東日本大震災、大病を乗り越えて、再び野球の道へ-。盛岡中央高の奥玉真大(まさひろ)監督(44)=就任は4月1日=は、古里の気仙沼市で震災に遭い、家業の酒店と自宅を失った。昨年は病魔に襲われたが、1年に及ぶ闘病生活から復帰した。再起した奥玉監督を支え続けたのは、幼少期から励んだ野球を通じた出会いと、母校PL学園高(大阪)野球部の「球道即人道(きゅうどうすなわちじんどう)」という部訓だった。

 憧れのPLで甲子園の土を踏むため中学1年時にPL学園中に編入。高校2年春のセンバツは背番号14で代打出場した。卒業後は東北学院大、社会人野球で内野手として活躍。父の病気を機に25歳で酒店...    
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