六回の打席、ど真ん中に来た初球をバットの芯でとらえた。フェンス直撃かという右中間二塁打。最後の打席を「彼の高校生活で一番の当たり」(奥井亘監督)で飾り、「苦しめられ続けた野球の神様がやっと笑ってくれた」と笑顔を見せた。

 病気と闘ってきた野球人生だ。小学一年生から野球にのめり込んだが、小学五年生の時に、歩行障害を引き起こしかねない病気を右大腿骨(だいたいこつ)に発症。手術で治したが、中学一年生の時、今度は左側に発症した。医師には「野球はもうできない。左足切断もあり得る」と言われ、泣き暮れた。母・弘美さん(46)も「かける言葉が見つからなかった」という。

 それでも野球はやめなかった...    
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