先輩、甲子園に帰ってきましたよ―。3月14日行われた高知県の中村高校の甲子園練習に、横山真哉監督(54)が使い込まれたキャッチャーミットを持ち込んだ。縫い込まれた名前は「押川」。1977年に「二十四の瞳」旋風を巻き起こした時の捕手、故押川正志さん=享年40歳=の形見だ。「監督として苦しんだ時期に支えてくれた先輩。一緒に甲子園に来られて本当に良かった」。ミットを手に感慨に浸った。

 押川さんはエースの山沖之彦さん(元阪急など)とバッテリーを組み、3番打者としても活躍し、初出場、準優勝に貢献。社会人野球を経て帰郷した後、2000年に胃がんで亡くなった。

 3歳年下の横山監督とは入れ替わ...    
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