倉敷工高野球部の選手、監督として甲子園春夏通算20勝を挙げ、岡山高校球界に一時代を築いた小沢馨(おざわ・かおる)氏が9月28日、倉敷市の病院で肺炎のため亡くなった。85歳。倉敷市出身。葬儀は30日に行った。喪主は妻洋子(ひろこ)さん。

 選手当時は身長160センチの「小さな大投手」として活躍。1949年夏の甲子園では準々決勝で小倉(福岡、当時は小倉北)の3連覇を阻止し、チームを4強に導いた。プロ野球阪神に在籍後、51年から母校で監督を務め、75年に退くまで春9度、夏5度甲子園に出場。68年の春夏連続を含め4強に3度進出した。60年代には向井正剛監督率いる岡山東商高と幾多の名勝負を...    
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