Jリーグが始まったころに普及し始めた携帯電話はいつの間にかスマートフォンに変わった。そして、筆者のようなオジサンたちには理解できない第5世代(5G)移動通信システムの時代が目の前に迫っているという。驚くほどのスピードで進む技術革新を受けて、人類は何でもできると思い上がっていたのではないか。新型コロナウイルスの確認から世界中に感染が拡大するまでを見ているとそんな気持ちになってくる。

Jリーグだけでなく欧州の四大リーグもリーグ戦を停止した。6月に開幕するはずだった欧州選手権は1年間の延期を決めた。こうなると、その1カ月後に始まる東京五輪が予定通り開催することは難しくなりつつある。状況は日々変わっている。残念ながら悪い方にばかりだが…。スタジアム問題やエンブレムで当初からケチがついていた五輪だが、開幕を目の前にしてこのような障害が出てくるとは思わなかった。

「サッカーが消えた」日常生活を送るのは初めてだという人も多いだろう。通信技術が発達した近年は、日本がシーズンオフでも欧州の試合が楽しめるからだ。東北出身の筆者にとって、気持ちの沈みようという意味では「3・11」とは比べようもない。だが、出口の見えないことによる不安はこれまでに経験がない。

一般人でもこう感じているのだ。東京五輪を目標にしていたアスリートの気持ちを想像すると気の毒でならない。新型コロナの影響で代表選考に充てられていた大会が次々と中止になっている。結果、出場権を得ている選手やチームは全体の55パーセントに過ぎないという。

五輪を狙うレベルの選手というのは、幼いころから想像しがたいほどの努力を積み重ねてきている。東京五輪が延期になった場合、その選手たちの思いが当初の希望通りに報われることはないのだろう。

サッカー五輪代表も、チーム作りは難しくなっている。男子に関しては日本代表の中心となるメンバーのほとんどが欧州でプレーしている。選手たちの所属チームがある国が渡航を禁止したら、メンバーを招集することは事実上不可能になる。

延期になった場合も問題はある。原則、23歳以下と定めている参加規定はどうなるのか。女子も含めて現在のチームとは顔触れが相当変わるだろう。各国ともに新しいチームを一から作り直さなければならない。

もちろん、悪いことばかりではない。プラスとなる面もある。例えば、1年後の開催となったならばチーム作りに費やせる時間ができる。地元開催にもかかわらず、現時点の日本代表は男女ともに大きな問題を抱えている。1年間あれば、その弱点を修正することは十分可能だ。メダル争いに加われるチームが作り上げられれば―サッカー競技に限っては―大会延期を好材料に変えられるかもしれない。

五輪とワールドカップ(W杯)は大会実施が見送られたことがある。戦争の影響だ。サッカーに関しては、開催国がW杯開催を返上したことが1度あった。1986年大会だ。第13回となるこの大会は74年の国際サッカー連盟(FIFA)の総会でコロンビア開催が決定していた。

しかし、82年10月にコロンビアはベタンクール大統領が経済状況の悪化を理由に大会を返上。代替国は84年にメキシコに決まった。メキシコでは70年大会が行われていたので、図らずも史上初めてW杯を2度開催する国となった。

大きなアクシデントでW杯開催に影響が出そうになったのは過去にもあった。62年第7回大会の開催地だったチリは、2年前に大地震に見舞われた。このチリ地震は日本にも被害をもたらして、津波で三陸を中心に119人が命を落としたのだ。

チリでは建設中のスタジアムが壊れ、一時は大会中止も議論された。しかし、当時のチリサッカー協会の会長を務めていたディドポル氏は「われわれは全てを失った。さらにW杯までも奪うのか」と訴えた。この感動的なスピーチも奏功して開催にこぎ着けたという。

86年メキシコ大会も前年秋に8千人近い犠牲者を出す大地震に見舞われた。それでも予定通り開かれた。もし、メキシコが大会を断念していたならば、マラドーナの「神の手」を見ることはできなかった。

4カ月後に迫った東京五輪を襲った予期せぬアクシデント。やっかいなのは、それが現在進行形でどこまで拡大を続けるか分からないことだ。当初の予定は既に見直しを余儀なくされている。アスリートも人生を狂わされる事態に直面している。この原稿を書いている翌日にも、世界の状況はさらに悪化しているかもしれない。

事態をやり過ごすしかない人類は、想像以上に弱い存在だ。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で7大会目。