これほど愛された男がいただろうか。ラグビー日本代表で初となるワールドカップ(W杯)4大会連続出場を果たしたトンプソン・ルーク(近鉄)が今季限りで現役を退いた。

最終試合は1月19日、東京・秩父宮ラグビー場で行われたトップチャレンジリーグの栗田工業戦。志願してフル出場し、近鉄の全勝優勝に貢献した。

今も熱戦が続くトップリーグの下部に位置するリーグながら、1万4599人が集まった。スタンドからは「ありがとう」などの声が上がり、38歳の「鉄人」は「日本でプレーできてとても光栄だった」。涙はなく、笑顔があふれた最終戦だった。

ラグビー王国ニュージーランド出身で父親もラグビー選手。母国でプレーしながら道路工事のアルバイトにも励んでいた2004年、プロ選手としてフルタイムで練習に取り組みさらなる成長を果たそうと来日した。近鉄では2006年からプレーした。

2007年に日本代表初キャップを獲得し、「本当に特別」と言う桜のジャージーに袖を通した。

2007年のワールドカップ(W杯)に初出場し、母国で行われた2011年大会にも出場。2015年のイングランド大会では南アフリカから大金星を挙げた「ブライトンの奇跡」をはじめ、全4試合に先発出場した。

歴史的な3勝を挙げた大舞台を終え、一度は代表から引退した。

2018年には現役引退も考えたそうだが、日本代表の試合を見ていた際、未練を感じ取った妻のネリッサさんから「もしやりたいなら絶対やった方がいい」とアドバイスされた。南半球最高峰リーグ、スーパーラグビーの日本チーム、サンウルブズに電撃加入し、再び代表を目指す挑戦が始まった。

長期合宿も経て見事にメンバー入りを果たすと、2019年W杯日本大会では4試合に出場。仲間とともに、自国開催の大舞台で史上初の8強入りを達成した。

自らを「おじいちゃん」と呼んできたレジェンドは「最高。みんなを誇りに思う」と再び歴史を塗り替え、満足げに語った。

日本国籍も取得し「心は日本(人)」。自らの「実家」と呼ぶ近鉄の本拠地、花園ラグビー場(東大阪市)には自転車で通った。

そんな気さくな人柄はもちろん、やはりグラウンドでの献身的な姿が、多くのファンを惹きつけたのではないだろうか。

俊足を飛ばしたり、華麗なオフロードパスを披露したりするわけではない。日本代表のブラウンコーチは「毎週パフォーマンスを出し切る」と評した。

グラウンドで果敢にタックルに向かい、何度も何度も素早く立ち上がった。「献身的」「体を張った」といった表現では言い尽くせないハードワークだった。

1チーム15人がさまざまな役割を担い、一つになって戦うラグビーの多様性をあらためて感じさせられた。

2015年W杯などでコンビを組んだ元日本代表のロック大野均(東芝)は、「本当に骨惜しみしない。彼の人間性がそのままプレースタイルに出るんだろうなと、最後の最後まで感じた」と引退試合を見届け、最大限の賛辞を贈った。

私も含め「まだできる」と思ったファンも多いだろうが、ネリッサさんは「彼の体が『今だ』と言っているのかも」とねぎらっていた。

引退後は母国で牧場を営むそうだが、近鉄のアドバイザー就任も発表された。今後も「トモさん」には、日本ラグビーに関わり続けてほしいと切に願う。

吉田 篤史(よしだ・あつし)プロフィル

2010年共同通信入社。秋田、埼玉、福岡の支社局で事件取材などを担当し、17年5月から大阪支社運動部でラグビーなどを担当。20年1月より本社運動部。埼玉県出身。