運動部に着任して間もない6月、雨の降りしきる福岡で開かれた陸上の日本選手権。私は競技を終えて選手たちが取材を受けるミックスゾーンに、他社の記者と身を詰め合い構えていた。

「優勝が決まった率直な気持ちは?」「きょうはどういうレース展開だったか?」。投げかけられる質問に選手が喜びや反省、悔しさなどを語ってくれる。

男子1500メートルの優勝者、戸田雅稀選手(サンベルクス)は、3年前の日本選手権を制した元王者。今年は自己記録も更新する返り咲きVとなった。

「うれしい気持ちでいっぱい」。笑顔で勝利の喜びを語っていた彼に、ある記者が「2年間の低迷は何が原因だと思うか?」と聞いたときだった。雨と汗にまみれた笑顔がゆがみ、目から涙がこぼれた。

「けがが重なって本当に苦しかった」と言葉を詰まらせながら声を絞り出す様子に、ノートを取る手が止まる。「前優勝したときは勢いだけで勝った」が、その後両脚のシンスプリントを痛めた。練習しようとしても痛みで続けられない。引退も頭をよぎったが、「走るのが嫌になったときも応援してくれた人たちがいた。それに応えたい一心でここまでやってこられた」。そう言って、繰り返し感謝の言葉を口にした。

「一日弾かないと元通りに弾けるまで3日かかるわよ」。私は幼少期からピアノを習っていたが、先生はよくこう言っていた。

インフルエンザにかかった後、久しぶりに鍵盤に向かったときの、自分の指ではないかのような感覚は、いまだに忘れられない。

人生を懸けて競技と向き合うことを選んだトップアスリートの恐怖は計り知れない。

ガッツポーズをする、満面の笑みを浮かべる、勝利の雄たけびを上げる―。

切り取られる華やかな表舞台の影で、結果が出せない焦りを抱える選手も多くいる。若く優秀な選手はどんどん出てくる。勝ち負けが明白な勝負の世界で、彼らと競い合うためにはどれほど練習を積めばいいだろう。

自分の競技人生を終えるとき、「有終の美」と心から思える選手はどれくらいいるだろう。

一方で、日本選手権の女子100メートル障害には、2016年リオデジャネイロ五輪を目指して一時7人制ラグビーに転向し、再び陸上界に戻ってきて9月に母として日本記録を更新した寺田明日香選手(パソナグループ)や、女子3000メートル障害には2008年に日本記録を出し大会参加最高齢となる46歳で出場した早狩実紀選手(京都陸協)の姿もあった。

「娘の首に金メダルをかけてあげたい」(寺田選手)、「辞めたい気持ちとやる面白さとを行ったり来たりするけど、純粋にだんだん楽しくなってきている」(早狩選手)。アスリートの数だけ競技との向き合い方はある。そのどれもが尊く、生き方そのものにもっと思いをはせたいと思った。

東京五輪まで1年を切った。9月15日に行われたマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)は、本番とほぼ同じ都心のコースを走り、生活する街が勝負の場となる実感に胸が高鳴った。

内定を勝ち取り調整を始めている選手、出場権獲得のため必死に練習を積む選手。これからいろんな声を聞く機会があるだろう。彼らに併走する気持ちで、取材を続けたい。

浅田 佳奈子(あさだ・かなこ)プロフィル

大分合同新聞社で勤務し、2015年に共同通信入社。さいたま支局、大阪社会部で警察、検察取材などを経験した。19年5月から本社運動部で陸上、卓球を担当。大分県出身。