8月12日のナゴヤドーム。ひとりの若者の快投がプロ野球界に新たな1ページを記した。

中日のルーキー、梅津晃大が阪神戦に初登板初先発で勝利を挙げた。6回を被安打4、奪三振7のナイスピッチングだった。

昨年のドラフトは秋田・金足農の吉田輝星をはじめ根尾昂、藤原恭大(ともに大阪桐蔭)、小園海斗(報徳学園)ら高校生の逸材に注目が集まったが、即戦力として上位にリストアップされたのが、東都大学リーグの強豪・東洋大の「投手三羽がらす」だった。

DeNAの上茶谷大河とソフトバンクの甲斐野央の両投手がそれぞれ1位指名された。

そして梅津は中日の2位指名を受けた。すでに上茶谷は先発ローテーションの一角として6勝をマーク(8月14日現在)、甲斐野も選手層の厚い投手陣にあって、主にセットアッパー役を任されて2勝8セーブ16ホールドと獅子奮迅の働きを見せている。

そこに梅津も遅れてやって来たことで、同一大学出身の新人3人が白星を記録。これは2リーグ制になって初の快挙となった。

遅咲きの大器である。上茶谷や甲斐野が大学時代にベストナインや最優秀投手に輝いたのに対して、梅津はリーグ戦の初登板が4年生の秋だった。

目立った勲章もなく肩や肘に不安を抱えていることからプロの評価も分かれたが、187センチの長身から繰り出す速球は150キロを超え、素材の良さと将来性を買って中日は上位指名を決断した。

1月の合同自主トレの際に「右肩インピンジメント症候群」と診断されて、スロー調整を余儀なくされている。

キャンプ、オープン戦でも出番なし。ようやく4月の2軍戦から実戦に出場する機会をつかんで這い上がってきた。

この間も上茶谷や甲斐野から激励のメールが届いたという。昨年までの僚友でありライバルの活躍が刺激になったのは言うまでもない。

大学の三羽がらすと言えば古くは1968年の法大組がまず思い出される。

田淵幸一(阪神)、山本浩二(広島)、富田勝(南海)の強力クリーンアップはプロ入り後も打撃タイトルやベストナインの常連に名を連ねるほど活躍した。

2010年には斎藤佑樹、大石達也、福井優也の早大三羽がらすが注目を集めた。

こちらは梅津らと同じ3投手ながら、いずれも1位指名と東洋大トリオよりさらに評価は高かった。

しかし、それから9年目の現実は厳しく大石は今季1軍未登板、斎藤は1軍と2軍を行ったり来たり。

広島から楽天に移籍した福井もまた満足のいく活躍とは言い難い。

東京六大学リーグという華やかでレベルの高い環境で光を放ったエースたちでも、プロで大成するわけではない。

実戦力と完成度の上茶谷。短いイニングの馬力なら甲斐野。そして将来、大化けが期待できる梅津。三者三様の大物ルーキーだが、東洋大出身にはもう一人の新人王候補もいる。

オリックスに7位で入団した中川圭太だ。高校はすでに休廃部の決まった名門PL学園出身ということで「最後のPL戦士」として話題を集めたが、ドラフト下位指名の評価を覆す活躍だ。

セパ交流戦では首位打者も獲得して、今ではレギュラーの座をつかんでしまった。トリオどころか東洋大カルテットの輝きである。

梅津の初登板初勝利に中日・与田剛監督は「あのボールがあるから、うちに来てもらった。もっと良くなる」と高く評価している。

大学時代の恩師である東洋大・杉本泰彦監督も「上茶谷、甲斐野より活躍は遅れたが、持っている能力は負けていない」と、さらなる活躍に期待を寄せる。

一つのチームから3人もの逸材がプロに同時入団するのは珍しい。

先発と抑えの分業制が常識になっている時代だからなのだろう。

しかし、そのすべてがプロの厳しい世界で大成していくのはもっと難しい。

2年後、3年後に彼らはチームでどのような位置にいるのか。「友情物語」は「ライバル物語」でもある。

荒川 和夫(あらかわ・かずお)プロフィル

スポーツニッポン新聞社入社以来、巨人、西武、ロッテ、横浜大洋(現DeNA)などの担当を歴任。編集局長、執行役員などを経て、現在はスポーツジャーナリストとして活躍中。