みんなで取り決めたはずの「ゴール」を動かされてしまうと、それまで真面目にやってきた人ほど戸惑ってしまうのではないだろうか。それはスポーツにおいても同様だ。

サッカーにおける最初の統一ルールは、1863年12月8日にエベネーザー・コッブ・モーリーらによって起草された。それから150年超。積み重ねた競技の歴史を考えれば、変化は少ない方なのかもしれない。それでも、近年はビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)の導入など、プレーのスタイルそのものに影響を与えるルール変更が頻繁に行われるようになってきた。

新しいルール。それを選手側から見れば、それまでの「ゴール」が急に動かされたと感じるに違いない。これまで反則ではなかったことが新ルールが施行されるや、ファウルとして判定されるからだ。今年6月から7月にかけて開催された女子ワールドカップ(W杯)フランス大会決勝ラウンドのオランダ戦で熊谷紗希がペナルティーエリアでハンドをしたと判定されたシーンなどはまさにその典型といっていいだろう。

サッカーの競技規則を定める国際サッカー評議会(IFAB)が決めた改正規則は6月1日から施行されている。改められた主な点は次の通り。ハンドの基準が明確になり、意図的でなくても手や腕に当たったボールが得点や決定機につながれば反則となることや、FKで攻撃側の選手が守備側の「壁」を妨げることを禁止する―などだ。Jリーグではシーズン中の8月から適用されている。そのため、選手を始めとする関係者の戸惑いがより大きい感じもする。

サッカーのルールが改正される場合、往々にして守備側が“被害"を受けることが多かった。なぜなら、ルール変更の多くは得点が生まれやすくするというのが根底にあったからだ。中でも、最大の“被害者"はGKだ。

1992年、GKがそれまでのプレー習慣を完全に変えなければいけないルール改正があった。味方選手が蹴ったバックパスを手で扱えなくなったのだ。それまで、GKのトレーニングに、足でボールを扱うという項目はゴールキックぐらいしかなかった。Jリーグ開幕1年前で起きた突然のルール変更。当時、日本代表のGKだった松永成立氏も「『戸惑った』じゃなく、腹が立つしかなかった」と語っていた。Jリーグ初期にはGKが足でボールを持つと、それだけで得点チャンスという場面が見られた。

今回もGK受難のルール改正があった。それは、PKに関するもの。ボールが蹴られる瞬間まで、少なくとも片方の足がゴールライン上にいなければいけなくなった。PKの際に、GKが前に出るのはもともとファウルの対象だった。その判断基準が明確かつ厳密となり、キック前に動くとイエローカードの対象となるように変わったのだ。

8月10日のJ1第22節、FC東京対仙台ではこのPKを巡るプレーが話題になった。

後半12分、FC東京・東慶悟のロングパスに永井謙佑が抜け出す。これを仙台のマテが引っ掛けて、FC東京がPKを獲得した。ここまではなんの問題もなかった。

キッカーはディエゴオリベイラ。いつものように細かなステップを刻み、GKを先に動かせる独特のアクションで相対する。しかし、GKが倒れるのを予測して正面に蹴ったボールは、ギリギリまで球筋を見極めた元ポーランド代表GKの手に納まった。ヤクブ・スウォビィクの我慢勝ちだった。

ところが、このPKストップは幻に終わった。木川田博信副審はスウォビィクがキック前に動いたことをアピールし、村上伸次主審はスウォビィクにイエローカードを提示。PKのやり直しを命じたのだ。

映像で確認した。スウォビィクの足は確かにスパイク一足分ゴールラインの前方に踏み出している。審判団の判断は、ルールにのっとっているし正しいだろう。何より、PKは反則で得点機会を阻止されて与えられた訳だから、キッカーに有利でなければいけない。ただ、肩を落としうな垂れて、自らの失敗を悲観するディエゴオリベイラの姿を見ると、個人的にはGKのファインプレーで終わっても良かったのではないかと思う。その意味で、判定はちょっと厳しかった。まして、やり直しのPKが、試合の勝敗を決める唯一のゴールだったことを思えば、仙台からすれば文句の一つも口から出るだろう。

今回のPK時のルール改正をした人は、GKの動きをまったく理解していないと思う。日本サッカー協会(JFA)がまとめた「サッカー競技規則」の第14条にはつぎのような一文がある。

ボールがけられるとき、守備側チームのゴールキーパーは、少なくとも片足の一部をゴールラインに触れさせているか、ゴールラインの上にいちさせていなければならない。

現在のGKは、セービングの予備動作として、前方に両足で同時に踏み出すプレ・ジャンプを育成年代から指導されている。自然と体に染み込んでいる動作なのだ。それであれば「ラインの後方にいることはできない」という一文は、予備動作をしてはいけないという制限と同じだ。GKはかなり戸惑うだろう。

先に動いたらイエローカード。試合中に複数のPKがあり、GKがこれまでのプレー習慣を無意識に出せば退場になってしまう。そんなルールは、かなり変だ。

試合後のミックスゾーン。スウォビィクは英語で審判に対しての不満を述べていた。通訳は忖度(そんたく)して、そのフレーズを訳さなかった。新たな警告を食らわないという意味で、通訳は良い判断をしたのではないか。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。