日本陸上界を20歳のサニブラウン・ハキーム(米フロリダ大)が席巻している。

6月に男子100メートルで9秒97の日本新記録を打ち立て、日本選手権では史上3人目となる2度目の短距離2冠を達成。大勢の報道陣を前に「やることをやっただけなので」と涼しげに語る姿は、群雄割拠だった短距離陣に「1強」時代の到来を印象づけた。

高校を卒業して渡米したサニブラウンを見ていると、アスリートにとって日頃から高いレベルに身を置くことがいかに重要かを感じる。

6月上旬の全米大学選手権。陸上の取材歴が浅い自分にもその水準の高さは一目瞭然だった。

男子110メートル障害ではサニブラウンのチームメート、フロリダ大のグラント・ホロウェイが今季最高の12秒98をマークし、棒高跳びでは6メートル05の自己記録を持つ昨年の欧州王者アルマンド・デュプランティス(スウェーデン)らが火花を散らした。

男子100メートルは10秒03でも決勝に進めない選手がいて、サニブラウンも「めちゃくちゃハイレベル。ちょっと意味が分からない」と思わず苦笑するほどの超激戦だった。

決勝では9秒97をたたき出しつつも、二人に先着を許した。

レース後、日本新記録の感想を問われると「正直あまり実感はない」といつも通り淡々。一方、初めて臨んだ全米大学選手権の舞台については「このレベルでレースしてすごい楽しい。このレベルで走れて本当に良かった」と生き生きした表情を見せた。

日本では「9秒台」だ「日本新記録」だと騒いでいたが、サニブラウンの目には“上"の景色しか映っていないのだろうと改めて感じた。

3月には男子800メートルのクレイ・アーロン竜波(神奈川・相洋高)が米国での初レースに臨む場面にも居合わせた。

昨年、2年生にして全国高校総体を制したホープは「もうほぼダッシュ状態。(日本の高校の大会では)離されることがないので」と世界レベルを体感した。

貴重な経験を持ち帰って研鑽を積み、日本選手権では7連覇を狙った日本記録保持者、川元奨(スズキ浜松AC)を抑えて初の王座に就いた。

スポーツにはどの競技にも、格上や強豪と対戦するときにしか得られない独特の緊張感や手応えというものがあると思う。

昨年ブエノスアイレスで行われた夏季ユース五輪は競泳の吉田啓祐(日大)にとって初の国際大会だった。

3位だった男子400メートル自由形では、終盤逆転のプランが実践できず「やっぱり海外は規格外。五輪でメダルを取ることを思い浮かべたら、これまで以上に頑張らないと」と話した。

その後、今年4月の日本選手権を制し、7月のユニバーシアードで金メダルを獲得。飛躍の裏では世界と戦った経験が糧になっているのではないかと、競泳担当ではないが、勝手に信じている。

もちろん全ての選手に機会が与えられる訳ではない。だが、チャンスがあるなら世界に出るべきだ。それも早ければ早いほどいい。

サニブラウンは渡米の決断を「自分のためでもあるし、他人のためでもある」と言う。

前例のない道を行って成功を示せば、後に続く選手が現れ、日本陸上界の底上げにもつながるかもしれない。

若き第一人者は次世代への道しるべとしての役割も背負って走っている。

吉本 泰平(よしもと・たいへい)プロフィル

2011年共同通信入社。富山支局で警察を担当し、名古屋支社と大阪支社の運動部でプロ野球や高校野球などを取材。18年末から本社運動部で東京五輪・パラリンピック、陸上、サーフィンなどをカバーする。北海道出身。