今から55年前のこと。日本人初のメジャーリーガーが誕生した。元南海の村上雅則だ。

1964年、野球留学の形でサンフランシスコ・ジャイアンツと契約。同球団傘下のマイナーでの活躍が認められ、その年の秋にはメジャー契約をつかみ取る。「マッシー」の愛称で人気を博した。

日米両球団の契約問題でもめた結果、村上のアメリカ生活は2年で終わる。その後に大きな足跡を残したのは野茂英雄だ。

1995年にドジャースに移籍すると「トルネード旋風」を巻き起こす。

実に村上の挑戦から30年の歳月を擁して日本人メジャーリーガーの地位を確立した。

イチロー、佐々木主浩、松坂大輔、ダルビッシュ有、田中将大ら、今ではその活躍を当たり前として見ているメジャーの系譜に今年から菊池雄星が加わった。

岩手・花巻東高時代からメジャー志望を公言、西武入団後も温めていた夢を9年かけてポスティングシステムの容認という形で叶えている。27歳。日本一の左腕は新たな高い頂へのアタックを始めた。

菊池が所属するのは西海岸に位置するシアトル・マリナーズ。イチローや“大魔神"佐々木に城島健司、さらには昨年まで岩隈久志(現巨人)も在籍した、日本人にはなじみ深い球団だ。

契約金は3年で4300万ドル(契約時点で47億3000万円)。その後も球団と菊池側双方に選択権があり、最大4年の契約延長なら総額は7年で約120億円に達する。

昨季まで在籍した西武での年俸が2億4000万円だから、いかに破格で菊池への期待が大きいかを物語る数字である。

1月に行われた入団発表の席では、流ちょうな英語で関係者を喜ばせた。

2月にアリゾナでスタートしたスプリングキャンプでもいち早くブルペン投球を開始。現地19日には初めて実戦想定の投球練習を行った。

ここでも打者4人に対して30球を投げて安打性の当たりは2本だけという上々の滑り出しを見せている。

そして、日本時間26日にはレッズとのオープン戦に初先発。2回を2失点ながら味方の守備に足を引っ張られた形で自責点は0、むしろこの時期にストレートは150キロを超えており、本人は確かな手応えを得たようだ。

まずは順風満帆なスタートだが、菊池がこれから乗り越えなければならないメジャーの壁があるのも事実だ。

最初に指摘されるのが「大リーグ仕様」への順応である。日本人投手の大半が苦しむマウンドの硬さと使用球の違い。一般的に下半身の粘りを使って体重移動するのが日本流だが、マウンドが硬いとこの体重移動が難しくなる。

勢い上半身に頼った投球になれば、今度は肩、肘の故障にもつながる。

加えてメジャーの使用球は日本に比べて一回り大きいうえに、縫い目は高く、表面もザラザラしている。

アリゾナキャンプ中にも菊池は「スライダーを投げる時に、指への引っ掛かりがしっくりこない」とこぼしている。

次に克服しなければならないのは球数制限の問題だ。

ご承知の通り、メジャーの先発は中4日が主流の上、100球をめどに中継ぎと交代が当たり前だ。

菊池の場合は西武時代も5回で100球を超すケースが多かった。日本でなら7回を140~150球投げても、メジャーではフルカウントピッチングではなかなか、二桁勝利まで届かないだろう。

そして、第3の壁は自らとの戦いである。球界のエースとして認められたここ数年でも、毎年のように肩、肘に違和感を覚えて1シーズンをフルに働いたことがない。

加えて、ライバル球団のソフトバンク相手に通算で1勝しかできなかった精神面のもろさを不安材料に指摘する向きもある。

投球フォーム、体重移動から球速まで細部にこだわる完璧主義者。メジャーの洗礼も浴びるだろうし、不調の時もやってくる。こうした荒波にどう対処するのか。適応力が求められる。

マリナーズは昨オフ、チームの若返りに大きく舵を切った。

具体的には高年俸のベテランを切って、若手の有望株を育成。2020年度以降に黄金期を迎える長期戦略である。その中心の一人として期待されるのが菊池だ。

そこで球団は5、6試合に一度、1イニング限定か、30球程度で強制降板の試合を作るという。

故障を未然に防ぎ、長く活躍してもらうためだ。ここまで考えてもらえるのだから、菊池も意気に感じているはずだ。

3月20、21日。マリナーズは東京ドームでアスレチックスと開幕戦を行う。

選手復帰を果たしたばかりのイチローとともに菊池の晴れ姿が見られるだろう。一回りスケールアップしたメジャー仕様のデビューが待ち遠しい。

荒川 和夫(あらかわ・かずお)プロフィル

スポーツニッポン新聞社入社以来、巨人、西武、ロッテ、横浜大洋(現DeNA)などの担当を歴任。編集局長、執行役員などを経て、現在はスポーツジャーナリストとして活躍中。