グループリーグの3戦ともに1点差の勝利。決勝トーナメント1回戦でも、サウジアラビアを1―0でいなした。だが、サウジアラビア戦で日本代表が見せた戦いぶりはそれまでの3試合とは全く違う意味合いを持っていた。両者を隔てるのは、「意図」の有無だ。1点差で「終わった」試合と、1点差で「終わらせよう」とした試合には大きな差があるのだ。「終わらせよう」という作戦を見事に遂行して、サウジアラビアを下してみせた日本代表は一皮剥けたのではないだろうか。

1月5日(日本時間6日未明)にアラブ首長国連邦(UAE)で開幕したアジア・カップも16チームによる「負ければ終わり」の決勝トーナメントに突入した。最多となる4回の優勝を誇る日本。1回戦でいきなり対戦したのは、3度の優勝経験があるサウジアラビアだった。昨年のワールドカップ(W杯)ロシア大会に出場した国が相対した一戦は、最大の注目カードとなった。負ければ大会からの敗退が決まるという状況も相まって、緊張感を持って見ることができた。

それにしても、サウジアラビアのプレースタイルが大きく変わっていたのには驚いた。データでは、グループリーグの3試合ともに70パーセント近いポゼッションを見せていたので、ある程度の変化は予想できた。とはいえ、日本を相手にも同様の数字を出すとは正直思えなかった。結果は日本の保持率23・7パーセントに対し、サウジアラビアは76・3パーセント。長らく日本代表の試合を見てきたが、どんなに弱い時代でもこれほど相手にボールを持たれることはなかった様な気がする。しかしながら、相手に4分の3を超えるボール支配を許そうとも、この試合の日本代表からは「負ける雰囲気」はまるで伝わってこなかった。

ボールを保持しなくても、試合の主導権は手放さない。サウジアラビア戦の日本は、“サッカーにおいては正直者が多い"とされるイメージを裏切る「狡猾(こうかつ)な人間の集団」だった。1点を取ったら、そのままに試合を終わらせてしまう、かつてのイタリアやウルグアイと同じ匂いがした。ボールを「持たれている」のではなく「持たせている」という状態にしてしまえば、見た目には押し込まれている守備側が精神的優位に立つことができる。前半20分という早い時間帯に冨安健洋が先制。このリードがさらに相手にボールを持たせることを許容した。日本はあえて2点目を強引に奪うというリスクを冒すことなく、守備を固めカウンターの機会をうかがった。それは守り切れるという自信があったからだろう。

面白いものだ。わずか数年前の日本代表はポゼッション至上主義のサッカーを展開していたのだから。相手より多くボールを保持して、それで勝てればいいのだが、結果が伴わないことも少なからずあった。攻めに時間がかかるので相手がゴール前を固めてしまう。そうなると、守備を崩す最終段階において、アイデアや技術がより必要となる。結果として、当時の日本代表は「森保ジャパン」に比べ、圧倒的にシュートが少なかった。この日のサウジアラビアは、まさにかつての日本代表だった。

にもかかわらず、日本国内にはむやみにポゼッションを絶対視する人がいまだ多い。ゴールを奪い、ゴールを守るという大原則から目をそらしているのだ。「ボールを持つことだけに美学を感じる、愚かな指導者のなんと多いことか」と言われても仕方のない状況が続いている。その間違った考えに一石を投じるという意味で、森保一監督は、想像以上のリアリストだ。

攻撃における第一選択肢は「縦」パス。相手の守備陣形が整う前に、前線でボールが収まれば、シュートにつながるチャンスの数は増える。ドリブルが得意な個人で局面を打開できるアタッカーが増えたこともあるが、日本代表の攻撃への期待度はかなり高まった。一方、前線からのプレスも含めた基本的な約束事はあったが、それほど手の加えられた感のなかったのが守備戦術だ。その新しいオプションがはっきりと姿を現したのが今回のサウジアラビア戦だろう。

相手との力関係で押し込まれる展開を強いられた結果、守備一辺倒の形になったことはこれまでもあった。ところが、この試合では明らかに組織として守ろうという意図が伝わってきた。そして、選手たちは忠実にこのミッションを遂行した。

俯瞰(ふかん)してみると、守備の際の日本は実に見事な3ラインを敷いていた。一糸乱れることのない最終ライン4人の前方に、中盤の4人がラインを作る。さらに、最前線の2人が相手のボールの出所にプレッシャーをかけてコースを限定していく。W杯に出場するレベルのチームが、選手間をコンパクトに保って本気で守りに入れば、シュートコースはほとんど生まれない。確かにサウジは日本の3倍となる15本のシュートを放った。しかし、枠内シュートはというとわずか1本だ。得点を奪うチャンスはほとんどなかったのだ。

印象としては守っている時間がほとんどだったサウジアラビア戦。その試合についてキャプテンの吉田麻也はインタビューでこう答えていた。

「こういう試合を勝ち抜くのもチームが強くなるのに必要なんで。よく耐えたなと思います」

ポゼッションで圧倒されながらも、危なげない強さを見せた森保ジャパン。日本はアジアのなかでは、格の違うチームになりつつあるのではないだろうか。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。