2016年リオデジャネイロ・パラリンピックで銀メダルを獲得し、国内での知名度が一躍高まった「ボッチャ」。その日本代表強化を目的とした「ジャパンパラ大会」が1月19、20日に東京都新宿区で行われた。

大会には初開催だった昨年を超える1340人の観客が来場。劇的な盛り上がりとは言えないが、世間への確かな浸透を感じさせた。

大会で目を引いたのは、筋ジストロフィーなどで運動機能に障害があるBC4クラスのペア戦(2人1組)に出場した日本代表だ。

補欠も含めて3人がエントリー。リーダー格の江崎駿(あいち協会)が17歳、内田峻介(山口県協会)、宮原陸人(ポルテ多摩)が16歳という新鋭トリオだった。

世界ランキング8位のカナダに果敢に挑戦。第1日は1―9、最終日は1―8と大敗を喫したが、内田と宮原は代表デビューを飾り、初の国際舞台での経験を、ともに「日本代表になるのが夢だった」と目を輝かせた。

リオデジャネイロ大会にも出場したカナダのベテラン選手も「このような若い人たちに競技が広がるのは素晴らしいこと。彼らには大きなポテンシャルがあり、限界はない」と称賛した。

宮原は中学3年の夏に日本代表の村上光輝監督が講師として参加したボッチャのイベントで競技に初めて触れた。

内田はスポーツ庁が2017年からスタートした有望選手を発掘する「ジャパン・ライジング・スター・プロジェクト」で見いだされている。ともに競技歴は浅いが、国内屈指の実力を誇る。

パラスポーツが抱える大きな課題は人々の関心の低さだろう。選手発掘も難しく、世代交代に悩む競技団体も多い。

その中で、ボッチャが有望な若手をどんどん輩出する背景には、東京パラリンピックの開催が決まって以来、認知度向上と競技普及に向けて日本ボッチャ協会が取り組んできた数々の施策がある。

障害者と健常者がともに競う「東京カップ」を創設。リオデジャネイロ大会での躍進も手伝い、大学に部活動、企業にクラブチームが続々とつくられ、盛り上がりを見せる。

16年には特別支援学校対抗の「全国ボッチャ選抜甲子園」を初開催し、若手選手の発掘、育成に重要な役割を担っている。

ボッチャは重度脳性まひや四肢重度機能障害者のために考案されたスポーツで、競技を楽しむための肉体的、技術的なハードルが低い。誰でも参加できる「インクルーシブなスポーツ」としてアピールしてきた。

日本代表の村上監督は「障害者のために競技を広げても、選手は集まってこない。広く、いろいろな人にボッチャをお伝えすることで、地域からどんどん選手が発掘されていく。周りの方のおかげ」と話す。

障害者、健常者を問わず、さまざまな人を巻き込み、発展を続けるボッチャ。パラリンピック運動を通じて共生社会を実現するという理想を体現している。

鉄谷 美知(てつや・よしとも)プロフィル

2002年に共同通信入社。福岡支社、大分支局、大阪支社運動部を経て12年から本社運動部。ロンドン、リオデジャネイロ両五輪、サッカーW杯ブラジル大会を取材し、現在はパラスポーツなどを担当。仙台市出身。