日本時間11月11日未明、イランの首都テヘランにあるアザディ・スタジアム。スタジアムを埋め尽くしたおよそ10万人の観客を前に、国際サッカー連盟(FIFA)のインファンティーノ会長から優勝トロフィーが、キャプテンマークを巻いた昌子源に手渡される。ところが、昌子はなかなか掲げようとしない。優勝セレモニーでは当たり前の光景が見られないことをいぶかしく思っていたが、すぐに納得がいった。遠藤康を始めとした選手たちが一人の大ベテランを表彰台中央に担ぎ出そうとしていたのだ。アジア王者を祝う最大の見せ場。それを自身が行うことを39歳の“レジェンド"小笠原満男は最初こそ固辞していた。しかし、チームの総意を感じ取ると、トロフィーを高々と掲げてみせた。続いて、同じ39歳の曽ケ端準にトロフィーは渡り、歓喜のセレモニーは延々と続いていった。

素晴らしい光景だった。優勝を決めたピッチに立つことこそなかったが、アジアの頂点を極めるに至る「地固め」をしてきたベテランたち。そんなクラブの歴史ともいえる選手に、後輩が当然のように主役の座を譲る。そのようなところにまで自然と気の回る選手たちを育て続けているというのが、国内最多となる「20冠」を誇るJ1鹿島の強さを下支えしているものだろう。

3日に鹿島のホームで行われたペルセポリス(イラン)とのアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)決勝第1戦を2―0で完勝。アウェーゴールを許さなかったことが、敵地での第2戦に向けて大きなアドバンテージとなった。だが、中東勢のホームにおける戦いは常に異常な雰囲気に包まれる。この試合では選手の関係者に限り37年ぶりにイラン人女性の観戦が許されたらしいが、イスラム教の国においては宗教的な理由で女性の観戦は基本的に認められない。当然、スタジアムに響く声援は男性の声だけだ。試合が白熱してくるとそこに「殺気」が加わり、巨大な威圧感となってアウェーチームにのしかかってくる。Jリーグの平和な応援に慣れている日本選手には、それがストレスとなる。

幸いだったのは、2010年のワールドカップ(W杯)南アフリカ大会で知られることとなったブブセラがイランではいまだに応援で使われていたことだ。あのラッパ状の筒から発せられる低音は正直、耳障りでしかない。とはいえ、10万人近い男たちが発する野太い罵声に比べればまだましだっただろう。

早い時間帯に失点していれば、勝負の行方は分からなかっただろう。鹿島は前半27分に最大のピンチを乗り切った。ペルセポリス左サイドからのクロスを、後方からフリーで走り込んだ昨シーズンのイラン・プロリーグ得点王アリプールがヘディングシュートを放つ。これが決まっていたら相手は一気呵成(かせい)に畳み掛けてきただろう。しかし、運も味方した。ホールはGK権純泰(クォン・スンテ)の正面に飛び、事なきを得た。

試合後のインタビューで昌子はこう話した。

「うちが点を取るのはまず難しいなと少し考えていて、後ろ(守備陣)がしっかり責任を持って体を投げ出さなきゃなというのを前半の早い段階で思っていた」

昌子の思いをチーム全員が共有して、実行に移せた。それが鹿島の勝因だった。

リードした試合を守り切って終わらせる。日本代表も含めてだが、その文化が日本のサッカーには定着しているとは言えない。W杯ロシア大会のベルギー戦が典型だろうが、アジアが舞台でも終盤にパワープレーを仕掛けられると、日本のチームはあっさりと失点してしまうことが多い。ただ、鹿島に限ってはそれが当てはまらない。今回のACLもそうだが、タイトルが懸ったときに見せる勝負強さというのは、綱渡りの状態の追い込まれても守り切れるという確信が全員にあるからこそ実現しているのだろう。

誰か一人がすごいというのではない。組織としても守ることができ、個人としても戦える。そんな姿を見せた一人が三竿健斗だろう。前半30分、結果的に三竿に対するファウルの判定でプレーが止まったが、象徴的なシーンがあった。ペルセポリスの自陣からのロングパスに反応したナイジェリア人FWのメンシャが右サイドを駆け上がる。1対1で対応した三竿は巧みな体の入れ方でメンシャからボールを奪い取る。次の瞬間、ピッチに倒れ込む状態となったが、三竿の集中力は切れない。ボールの前に頭ごと体を投げ出し、メンシャの行く手を阻んだのだ。その勇気あふれるプレーに、改めて闘争心を奮い立たした鹿島の選手たちも多かったはずだ。

2試合合計2―0の完璧な勝利。国内における「絶対王者」に唯一欠けていたタイトルが、やっとトロフィールームに加わった。12月には2年ぶり2度目となるクラブW杯に出場する。2年前に「白い巨人」レアル・マドリー相手に見せた見事な戦いを再び披露することができたら、最も世界に知られる日本のクラブとなる可能性は十分にある。

鹿島のホーム、茨城県鹿嶋市はかつては工業地帯のイメージしかなかった。いわば、どこにでもある地方の小都市をここまで有名にしたクラブ関係者や支え続ける地域住民に、素直に「おめでとう」の言葉を贈りたい。強いだけでなく、選手や住民を大切にする。鹿島は本当に良いクラブだ。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。