10月11日、阪神の金本知憲監督が辞任を表明。10月15日、阪神の矢野燿大2軍監督が1軍監督就任要請を受諾。

文字にするとあっけないが、担当して2年目だったプロ野球阪神の取材の中でも、最も内容が濃いと感じた「ストーブリーグ」の数日間だった。

金本前監督は今季が就任3年目で、新たに結んだ複数年契約の初年でもあった。

球団からは若手選手の抜てきや底上げなどを評価され、来季以降も中期的な視点での指導を期待されていた。

10月4日に4位以下が決まった際に続投を示唆していた球団本部長は、最下位となっても「全く変わらない」と指揮を託す方針をあらためて強調し、実際、来季のコーチ陣の組閣も進められていた。

10月10日に甲子園球場で行われた本拠地最終戦で、金本前監督はファンに「心より謝罪とおわびを申し上げたい」と頭を下げた。その夜、球団社長に辞任を申し出たという。最下位という結果を重く受け止め、自ら責任をとった。

球団側もほとんど把握していない急な展開で、球団事務所で行われた辞任表明の記者会見はテレビカメラもなく、金本前監督も立ったまま行う質素なもの。以前聞いた「阪神の監督の契約はあってないようなもの」との話を身に染みて痛感した。

在任3年間を振り返った際に口にした「しんどかったですね、やっぱり」という言葉が印象的だった。

2017年に、12球団トップの1試合平均4万2148人の観客動員を誇ったプロ野球屈指の人気球団を指揮する重責を背負った、偽りのない思いだ。

ファンの応援は大きな後押しになる一方で、負けが込めば批判の声もその分だけ大きくなる。

球場を引き揚げる監督、選手らに降り注ぐ心ないヤジを耳にしたことは一度ではない。「タイガースの監督をやっている宿命だから」と話していたが、現役時代に「鉄人」と称された金本前監督でもこたえたのだろう。

どの球団の監督もそうなのかもしないが、負けた試合の後の金本前監督の厳しい表情には息をのんだ。

以前取材した他競技の試合後の会見とは異なる緊張感があり、1シーズンに140試合以上あるプロ野球とはいえ、1試合ごとに懸ける思いや責任感の強さを感じさせられた。

ただ、言葉数が減っても、試合後の会見を拒否するようなことは一度もなかった。

「それは仕事だと思っていたし。義務だったから」。試合がない日の原稿に困ることがないように、ビジター球場への移動前の限られた時間で取材に応じてくれるなど、報道陣に気を使ってくれた。

今年1月に死去した星野仙一さんのお別れの会。涙ながらに語った「ことし必ず優勝するので、天国から『よくやったな』という言葉をかけてください。ウイニングボールを墓前に供えに行くので待っていてください」との思いは果たせなかったが、バトンは東北福祉大時代からの盟友でもある矢野新監督に引き継がれた。

チームにはドラフト1位で加入した高山俊や大山悠輔、投手では藤浪晋太郎や小野泰己、才木浩人ら有望な若手がそろう。

金本前監督は「この3年間いろいろと目をかけて、朝練に付き合った選手が、来年以降に芽が出て花が咲いてくれないと僕まで悲しくなる。きれいな花を咲かせてほしい」と選手にエールを送った。

在任期間中には2005年を最後に遠ざかるリーグ制覇は果たせなかったが、若手を鍛えた3年間が来年以降、実を結ぶところを見てみたいと思う。

大島 優迪(おおしま・まさみち)プロフィル

2014年共同通信入社。大阪社会部での行政取材を経て、15年6月から大阪運動部に所属。サッカーのサンフレッチェ広島、大相撲などを担当した後、16年12月からプロ野球の阪神をカバー。神奈川県出身。