チームスポーツである以上、個人で客を呼べる選手というのはそう多くはない。だが、Jリーグにはそんな選手がいる。だから、私たちは幸運なのかもしれない。

J1第27節が行われた9月23日、浦和の本拠地・埼玉スタジアムの最寄り駅である浦和美園駅は驚くほど集まった人々の熱気に包まれていた。日本代表の試合でも、これほどの人が同駅にあふれていることはなかなかない。もちろん、リーグ戦なので観戦するのは周辺地域に住む人が多い。それゆえ、同じ時間帯にスタジアムに向かうことになる。このことも、各地から人が集まる代表戦には見られない観客の一極集中を引き起こした一因だろう。

だが、この日対戦する神戸にイニエスタがいることも相当影響したに違いない。それを証拠に前売り券は完売。今季の平均集客は3万人前後という浦和のホームゲームを満員にしてみせたのだ。熱狂的で知られる浦和サポーターもイニエスタのプレーは実際に目にしたかったのだろう。それほど魅力的な選手だ。

ところが、スタジアムに着いてメンバー表を見るとイニエスタの名前がない。けがでベンチ外だそうだ。神戸がFC東京と対した味の素スタジアムでも欠場だったから、首都圏では唯一、湘南のホーム・ShonanBMWスタジアムで先発出場しただけ。ガッカリしたお客さんも多いだろうが、クラブとしては金銭的に潤っただろう。

筆者の個人的なことで恐縮だが、海外の試合でのマラドーナに縁がなかった。1993年に当時所属していたスペイン1部リーグ・セビージャでのプレーを見にセビリアに行ったが、出場しなかった。94年のワールドカップ(W杯)アメリカ大会で訪れたダラスでは、直前に判明したドーピング違反で大会を追放になっていた。お目当ての選手が出場しないというのは、結構ショックが大きい。ダメージは使った金額に比例してくる。

神戸には残念な結果だったが、試合そのものは面白かった。イニエスタ不在はすべての観客にとって残念なことだったが、それを除けば浦和サポーターは最高の内容の試合を楽しめたのではないだろうか。

リーグ中断明けの第16節以降、神戸の1試合平均のボール保持率は58パーセント。ポゼッションサッカーの代名詞と言えるFCバルセロナの生え抜きであるイニエスタを中心にボールを支配するサッカーを展開する神戸。浦和戦でも63パーセントの保持率を見せたが、これに対する浦和の対処法が見事だった。

浦和のオリベイラ監督はイニエスタの欠場について「金曜あたりに、ケガの影響で出られないかもしれないという情報は入っていた」と明かした。それでも中盤の守備力を高める対策を怠らなかった。それが左から柏木陽介、青木拓矢、長沢和輝のボランチ3人を最終ラインの1列前に並べる布陣だった。

「お互いが守備を出来る選手」と長沢がそう評する3ボランチ。これが最終ラインと組んでブロックを作ったら、ボールをいかに保持しようとも神戸は簡単に浦和ゴール前に入り込めない。加えて浦和には、相手にボールを持たれても焦れない“大人の余裕"があった。ポゼッションで1・5倍も上回った神戸に、許したシュートはわずか4本。無失点と堅い守備を見せながらも、一方で攻撃では4得点を挙げた。「赤い観客」を納得させるには十分な内容だったはずだ。

攻撃面の主役となったのは、本来は守備面の策として並んだ3ボランチだった。先制点は青木、ダメ押しの4点目は長沢、そしてキャプテンの柏木は2アシストだ。特に柏木が、興梠慎三の8試合ぶりのゴールを導き出した、前半42分の流れは「美しい」の一言だった。

柏木自身が「今年一番のアシストだと思う」と自画自賛したプレー。興梠とのホットラインは、柏木の左足から繰り出される高精度の“センチメートルパス"と、「本気を出せば一番すごい」といわれるストライカーのアクロバチックなシュート技術の融合だった。

右サイドの橋岡大樹の横パスが中央の柏木に入った瞬間、興梠が相手DFに対して絶妙の駆け引きを見せた。縦パスを受けに柏木に寄るふりをして急激にターン。神戸DF渡部博文の背後を取ってゴール前に進入する。そこにコントロールし尽くされた柏木の浮き球が送られる。飛び出してくるGKキム・スンギュ。その逆を取るように、スライディングしながら左足でボールをミートしゴール右に流し込んだ。コンビネーションの絶妙さと技術的な高さからいっても、シーズンでも上位にランクされるゴールだろう。

第22節の磐田戦以来、2度目となる4―0の快勝。得点も青木は今シーズン2点目、長澤は初ゴールだ。その意味で、普段あまりゴールに縁のない2人のボランチが攻守で存在感を示した試合だった。平均を2万人以上も上回る5万5689人が詰めかけたスタンドの観客のほとんどが、帰るまでにはイニエスタの存在を忘れて目の前で繰り広げられるサッカーそのものを楽しんだだろう。その意味でイニエスタの集客力は無駄にはならなかった。

とはいっても、敵・味方に関われず最高の選手を生で見たいというのは人々の当然の心理だろう。関西圏に住んでいる人がうらやましい。他の地域でそう思っている人は多いに違いない。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。