これまでさまざまなスポーツの現場に立ち会ってきたが、騒々しさは群を抜いていた。

インドネシア・ジャカルタで開かれたアジア大会。いくつかの競技を取材した中で、バドミントン会場の大歓声は、まさに「耳をつんざく」という表現がぴたりと当てはまるような盛り上がりだった。

コンパクトな体育館をいっぱいに埋めた地元の観客は、地元選手がポイントを奪っても失っても、大騒ぎ。多くの日本選手も「やりづらい」と苦笑いだった。

バドミントン会場にとどまらず、今回のアジア大会は開催都市の「熱狂」が大きな特徴だった。

開幕前はいまひとつ盛り上がりを欠いていたようだが、始まってみれば市民がチケットを買い求め、同国ではめったにない総合大会の注目度はうなぎ上り。

陸上競技場や体育館など、多くの競技会場が集まった大会の中心、「ブンカルノ・スポーツコンプレックス」は出店やステージも設けられ、競技を観戦する人もそうでない人も集まりごった返す、賑わいの中心となった。

お粗末な運営のトラブルが目立った大会にも関わらず、こうした盛り上がりと、ボランティアや市民のおおらかで親切な雰囲気は、大会に好印象をもたらした。

人々が大会を歓迎し、純粋に盛り上がる雰囲気が成功の大きな鍵だったと感じる。

果たして、2年後の東京はどうだろうか。開催経費に厳しい目が注がれ、大会そのものの開催に否定的な声も少なくない。

9月26日から募集が始まるボランティアの活動環境に対する批判も収まりそうにない。

ネガティブな話題ばかりが先行し、私が普段取材している大会組織委員会でも、頭を悩ませる職員の姿をしばしば目にする。

安易な考えかもしれないが、本番になれば間違いなく日本は盛り上がる。

アジア大会の直前、東京辰巳国際水泳場で行われた競泳のパンパシフィック選手権は、同じ会場での国内大会と比較にならないほどの熱気に包まれた。

観客のたたくスティックバルーンが鳴り響き、日本選手の背中を押す雰囲気は、想像していた以上のボルテージだった。

女子の池江璃花子選手(ルネサンス)は「観客の多さにびっくりした。東京五輪でもこういう雰囲気でやりたい」と目を輝かせ、男子平泳ぎの小関也朱篤選手(ミキハウス)は「東京五輪もこういう状況になるんだろうなと感じた」とシミュレーションになった様子だった。

ただ、ジャカルタのように「盛況=成功」と簡単に結論づけるわけにもいかない。価値観が多様化した成熟都市での大会は、批判的な声にも向き合って準備を進めていく必要がある。

かつて、ある関係者が「『そこのけ、そこのけ、五輪が通る』という態度でやっていたら国民はどんどん離れていく」と語っていた。

まさにその通りで、これまで「五輪だから何でも許される」という雰囲気がちらついていたからこそ、大会へのネガティブなイメージが増幅していったのだと思う。

批判がやまないボランティアも、そもそも「募集」という言葉に上から目線を感じるのは私だけだろうか。

理解と協力を得るというスタンスをもっと前面に打ち出すべきだろう。

負のイメージを挽回する時間も残り少なくなってきたが、一人でも多くの国民の支持を得て開かれる五輪であってほしいと願う。

菊浦 佑介(きくうら・ゆうすけ)プロフィル

2006年共同通信入社。福岡支社運動部、大阪支社社会部を経て10年5月から本社運動部で水泳、スピードスケート、東京五輪などを担当。鹿児島県出身。