あと20年もたったら、世界中のサッカーファンの間でこんなことが語られているかもしれない。「2018年はサッカーにとって良い年にだった」と。なぜなら、ワールドカップ(W杯)ロシア大会が想像以上に素晴らしい内容だったからだ。

7月13日、国際サッカー連盟(FIFA)のインファンティノ会長が、中東のカタールで2022年に開く次回大会の日程を発表した。それによると、11月21日に開幕し、12月18日に決勝を行うという。灼熱(しゃくねつ)の砂漠地帯での大会とあって、これまでの6月~7月開催はさすがに無理だと判断。気温が20度前後に落ち着く時期にずらすことを決断した。発表を受けて、「初の冬開催」と報じたメディアもあるが、第1回ウルグアイ大会に始まり、ブラジルやチリ、南アフリカと南半球で行われた大会は、カレンダーの上でこそ夏だが、季節が逆になるので実質的には「冬」だった。正確にいうと「北半球で初めて冬に開催される大会」となる。

本大会参加国が今回と同じ32チームなのか、それとも48チームに増やされるのかは、まだ不確定。もし48チームになったら、アジアの本大会出場枠は9カ国になるらしいので、大会のレベル低下は避けられないだろう。

カタール大会は7都市12会場で行われる予定だが、うち6会場が首都のドーハに集中する。人口約200万人、面積も秋田県と同程度の小さな国だから仕方がないことかもしれないが、過去のW杯とは明らかに違う。

まだ一度も本大会出場の経験がない国が「オイルマネーで買った」とやゆされるW杯。そして、26年大会は、米国、カナダ、メキシコによる共同開催だ。逆にあまりにも広大過ぎて、もはや従来のW杯とはまったく別のものとなってしまうだろう。それを考えれば、ロシアW杯はサッカーと開催する国の文化や歴史を同時に楽しめる、最後の大会だったのかもしれない。

南アフリカやブラジルといった開催地は治安が悪すぎて街を自由に散策することもままならかった。その点でロシアは、女性が夜に一人で歩いている姿も多く、安全な国だと感じられた。食事もおいしく、物価も安い。なによりも人々が親切で、嫌な思いはなかった。いままでロシアに抱いていたイメージが、まったく違うものだったことに気がついた。

試合内容に関しても退屈なものが少なかった。0―0で引き分けたのは、グループリーグのデンマーク対フランスだけ。64試合で169ゴールが生まれ、1試合平均は2・64点だった。これはともに171ゴールが記録された1998年フランス大会、2014年ブラジル大会に次ぐ歴代3位の得点率の高さだった。

メッシ、ロナルドなどのスーパースターが早々と大会から姿を消し、強豪国も前評判通りではなかった。大会序盤の番狂わせは、そのときは楽しいのだが、大会終盤になると物足りなさを感じる。そのようななか最多優勝5回のブラジル、4回のドイツがベスト4入りを逃した。そして、4度の優勝を誇るもう一つの強豪であるイタリアは予選で敗退して、W杯でその雄志を見ることすらできなかった。これはドイツ、イタリアが不参加だった1930年の第1回ウルグアイ大会以来のことで、世界の勢力図に変化が起きていることを感じさせた。

その最たるものが、日本国民の期待を良い意味で大きく裏切った日本代表だろう。西野朗監督が選択した大胆な戦略。グループリーグ第3戦のポーランド戦でのターンオーバーは、大きなギャンブルではあった。しかし、決勝トーナメントに進出することを目的にするのではなく、決勝トーナメントで勝つことを目指せば、このぐらいの思い切った決断が不可欠だということを、日本人に気づかせてくれた。結果的に決勝はトーナメント1回戦でベルギーに悲劇的な敗戦を喫し、成績としては02年と10年の大会に並ぶベスト16にとどまった。それでも将来への手掛かりを得るという意味では、このチャレンジは計り知れない可能性と希望を、「経験」という形で日本にもたらした。

準備期間はわずか2カ月。テストできる試合は3試合だけだった。試合内容の低調さの相まってまるで期待されなかったからこそ、打って出ることができた勝負手だったのかもしれない。もし、西野監督が4年の任期を与えられていたとしたら、果たしてこのような策を取れたのだろうか。その答えは本人も語らないだろうが、とにもかくにもW杯における日本の目標は、このロシアで「決勝トーナメントで勝つこと」に切り替わった。それは日本にとっての最大の収穫だった。

フランスの20年ぶり2度目の優勝で幕を閉じたロシア大会。慣れ親しんだ正しいW杯が最後になったかと思うと、寂しいと思う人もいるのではないだろうか。

最後に、そのフランスに関する雑学を一つ。「シャンパン・サッカー」と表現するメディアがあるが、これは正しくない。シャンパンはグラスに注ぐと、底から泡が次々と湧き上がる。つまり、「シャンパン」の表現は、後方から次々と選手が泡のように飛び出してくるラグビーのフランス代表に対して使われるのだ。さらに加えれば、フランスのラグビー関係者は、そのような言葉は使うことはないと聞いたが。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。