出来のいい「きょうだい」を持つと大変だ。周囲の何げない言葉で、比較されているように感じてしまう。

コンプレックス、劣等感を覚えることもあるだろう。そんな境遇で、いかに自分らしさを見いだしていくか―。テニスの西岡靖雄コーチ(24)は、トッププロとして活躍する西岡良仁(ミキハウス)と同じ世界に身を置きながら、一番輝ける道を探して昨年9月スペインに渡った。

バルセロナのクラブで指導者として研さんを積む日々。「プレーでは勝てないけど、でも負けたくはない。いつかは良仁の兄でなく、西岡靖雄の名で信頼されるコーチになりたい」。熱っぽく語る彼のまなざしに、迷いはない。

「男兄弟にしては珍しく仲がいいと思う」と語る。指導の道を歩むきっかけを作ってくれたのも、弟の良仁だった。転機は、卒業後の進路に悩んでいた亜大4年の秋。弟に「一緒にツアーを回ってみよう」と誘われた。

旅行でも海外を訪れたことがなく、初めてパスポートを手にして向かったタイのツアー下部大会。サポート役として海外遠征に初めて同行し、コーチとして世界を目指す思いが芽生えた。

1年間は良仁や女子選手のヒッティングパートナーを務め、その後はジュニア世代の選手の海外遠征にもついていくようになった。

ただ「ツアーコーチは多くがプロ選手引退後にやる仕事。20代前半の自分には知識と経験が足りない」と感じていたという。

バルセロナに練習拠点を置く内山靖崇(北日本物産)から女子で四大大会2勝のスベトラーナ・クズネツォワ(ロシア)らを指導するカルロス・マルティネス氏を紹介され、全米オープンの期間中に師事したいと直談判。「オラ(こんにちは)も知らない状態」で海を渡った。

スペインを選んだのには理由がある。ラファエル・ナダルら数々の名選手を輩出してきた強豪国は、赤土のクレーコートで強さが際立つ。

日本のコートはハードや人工芝が多く、クレーでの戦術は浸透していないこともあり「コーチとしての独自性を確立したい」との狙いがあった。

「ステップ、足のスライドの基本動作から日本と違う」と発見は多い。

初めはスペイン語が理解できずに子どもたちにばかされることもあったが、「母譲りの社交的な性格のおかげで」今では冗談も言い合える。

マルティネス氏は「スペイン語もコーチングも上達している。セルベッサ(ビール)も飲むし、ヤスオはもう半分スペイン人だ」と笑う。

かつてツアー大会でヒッティングパートナーを務めたトミー・ハース(ドイツ)に「ミスをするな」と言われた経験から、自身の練習も怠らない。

津市内でテニススクールを経営する元選手の父範夫さんには「人を教えられるほどの経験をしていない。選手を預かる責任を負えるのか」と厳しく指摘されたこともあった。

「選手として目立った実績はない。いかに自分の言葉に説得力を持たせるか」を常に考え、時には哲学書を読んで「心に響く言葉」を探す。

5月27日にパリで開幕した四大大会第2戦の全仏オープン。4時間半に迫る死闘を演じた良仁のシングルス1回戦で、スタンドには靖雄コーチの姿があった。

「いつかツアーコーチとして四大大会の舞台に立つことが夢」。兄弟切磋琢磨しながら、それぞれの夢を追いかけていく。

井上 将志(いのうえ・まさし)プロフィル

2003年共同通信入社。名古屋でプロ野球中日、フィギュアスケート、本社運動部でフィギュア、体操、東京五輪組織委員会を中心に担当。五輪は10年から夏冬計5大会を取材した。現在はジュネーブ支局で国際オリンピック委員会や各競技を追う。東京都出身。