ノルディックスキー・ジャンプ男子の葛西紀明(土屋ホーム)は、平昌で史上最多となる8度目の冬季五輪出場を果たした。

結果はノーマルヒルが21位、ラージヒルが33位、団体が6位と、メダル二つを獲得した前回ソチ冬季五輪に比べれば悔しい結果に終わったが、49歳で迎える次回の22年北京五輪への意欲を聞かれると、間髪入れず「絶対出ます」ときっぱり言い切った。

小学3年生で初めてジャンプを飛び、1988年にワールドカップ(W杯)デビュー。初めて五輪の舞台に立ったのは92年アルベールビル大会で、19歳だった。

あれから四半世紀以上が経ったが、今もなお世界の第一線で戦い続けている。ライバルは一回り年下どころか、葛西が五輪に出た時にはまだ生まれていない選手もおり、年齢を感じさせない活躍ぶりはまさに「レジェンド(伝説)」の呼び名にふさわしいと言えるだろう。

葛西は世界で最も人気のあるジャンプ選手の一人だ。もちろん日本でも高い知名度を誇るが、その実績への高い評価は、日本以上にスキーの本場の欧州の方がより実感できるかもしれない。

欧州各地で行われるW杯ではひいきの地元選手に匹敵する大歓声を浴び、写真撮影やサインをせがむファンに囲まれる。

日本人だと分かると、道ばたやレストランで「カサイ」と声をかけられることもしばしば。

取材エリアで隣り合ったノルウェーの記者から「カサイは本当のレジェンドだ」と懸命に力説されたこともある。

選手や関係者からも尊敬を集めている。今年1月にはオーストリア・スキー連盟が葛西の功績をたたえる祝賀会を開催し、W杯個人総合優勝3度のアンドレアス・ゴルトベルガー氏ら往年の名選手ら約600人が参加して祝福した。

試合後のバーでは、葛西が居合わせた北欧の元選手から「マイ・ヒーロー」と称賛される場面を見かけたこともある。

W杯通算543試合出場を誇る大ベテランは、欧州でも抜群の存在感を発揮している。

長年の活躍を支えているのが、鋼の肉体と不屈の闘志だ。高い運動能力は誰もが認めており、本人も節制を欠かさない。

そして、それ以上に心の強さがある。経済的に苦しかった幼少期、金メダルに輝いた長野五輪団体メンバーからの落選、最愛の母や妹の死、数多くの苦難と試練を乗り越えてきて今がある。

平昌五輪で最後の種目だった団体戦終了後。ミックスゾーンで日本メディアの取材を受けていた葛西に、後ろを通りかかったW杯で男子最多の通算53勝を誇るグレゴア・シュリーレンツァウアー(オーストリア)が「いつまで飛ぶんだ? 北京か?」と声を掛けてきた。答えは「(北京は)もちろん。札幌」。

葛西が住む札幌市は26年か30年の冬季開催を目指している。6月6日で46歳になる葛西は「50歳までやりたい」と公言してきたが、その先も視野に入れているようだ。

既に来季に向け、沖縄・宮古島で合宿を開始している「レジェンド」。いったいどこまで驚かせてくれるのか、今後も見守っていきたい。

益吉 数正(ますよし・かずまさ)プロフィール

2005年共同通信入社。千葉、甲府、福岡の支社局で警察などを担当後、大阪運動部を経て、13年2月から本社運動部。プロ野球の遊軍を2年間担当し、14年12月からスキーや陸上を中心に取材。