「大混戦」という表現がぴったりと当てはまる、今シーズンのJ1。最大の驚きは第9節を終えた時点で、いまだ無敗の首位を走る広島で間違いない。そして、いい意味で予想外の健闘をしていると個人的に感じるのが、札幌だ。リーグ戦では開幕から2敗1分けと出遅れたものの、第4節からは4勝2分けで6戦負けなし。関係者やサポーターの方には失礼になるだろうが、この時期に4位につけていることは正直想像できなかった。

札幌はとてもいい「教師」を得たようだ。“ミシャ"の愛称で知られるペトロビッチ監督だ。昨シーズンの途中に浦和の指揮権を☆(刈のメが緑の旧字体のツクリ)奪された指導者は、常にタイトルを取り続ける勝負師ではないが、チームを成長させるという意味では素晴らしい能力を持っている。

今季で日本での指導歴は13年目に入った。だが、取ったタイトルは思いのほか少ない。広島時代のJ2優勝と、浦和時代のナビスコ・カップ(現YBCルヴァン・カップ)だけだ。それでも、誰もが優れた指導者だと認めるのには理由がある。彼が去った後、育てた選手たちがタイトルを獲得しているからだ。たとえば、2011年まで率いた広島では、後を継いだ森保一監督が翌年からの4年間で3度のJ1制覇を成し遂げた。それは間違いなくペトロビッチ監督が築いた土台の上に成り立っていた。

ペトロビッチ監督を見ていると、ある人を思い出す。ハンス・オフトだ。「元祖、最高の教師」と呼ばれたオフトはJリーグ開幕前年の1992年に日本代表監督に就任。当時、戦術という概念が希薄だった日本サッカー、そして選手たちに、基本をたたき込んだ。

アイコンタクト、スリーライン、トライアングル―。これらのキーワードを提示した指導内容は、欧州の育成年代で教え込まれるレベルといわれた。それでも日本以上に戦術がなかったアジアの舞台では、基礎的とはいえ戦術を理解していることは大きな武器になった。結果、就任1年目には日本代表をアジア・カップ初優勝に導く。これを機に、日本サッカーは急激な成長を遂げる。

Jクラブを率いてもそれは同じだった。磐田、浦和でもオフトの退任後に大きな成果が得られた。優れた教師が土台を作って、後任の監督がタイトルを取る。その図式で見ると、ペトロビッチとオフトは共通項がとても多い。

低迷した浦和を見事に立て直した、こわもての大槻毅代行監督にちなんで、DF槙野智章が自身のインスタグラムで名付けた「アウトレイジ最終章」に加え、ペトロビッチ監督個人の「ダービー」として注目されたJ1第9節。4月21日の浦和対札幌は、ともに3連勝と好調同士の対戦も含め、いろいろな意味で注目された試合だった。結果からいうと同節で唯一のスコアレスドロー。埼玉スタジアムがゴールの喜びに沸く瞬間は訪れなかった。

とはいえ、個人的には見どころの多い試合だった。採用したシステムはともに3―4―3。いわゆるミラーゲームとなったわけだが、本来の基本に戻った浦和はまだしも、札幌はよくこの短期間でペトロビッチ監督の戦い方になじんだものだと感心させられた。

常に試合を見ている訳ではないので、この表現が正しいのかはわからないが、札幌に抱いていた印象は「北海道、デッカイドー」だ。具体的に言うと、こんなイメージだ。選手の多くが180センチ以上で、攻守に高さと強さを生かしたサッカーをやってくる。ところが、現在の札幌は最終ラインからボールを丁寧につなぐのが基本。それはペトロビッチ監督が、広島でも浦和でもやった手法だ。

3トップの組み合わせも面白い。J屈指のフィジカルの強さを誇る187センチの都倉賢を頂点に、2列目にはともに160センチ台の三好康児を右、チャナティップを左に置く。ポストプレーのうまいトップと、技巧とスピードを備えた2列目の組み合わせは、攻撃の理想の組み合わせだ。

なかでも目を引いたのは、今シーズン加入したレフティの三好だ。川崎時代は中・長距離のシュートの印象はなかったが、この試合ではペナルティーエリア外からのシュートを3連発。GK西川周作の好反応もあってゴールとはならなかったが、パンチ力のあるミドルシュートは、札幌の大きな武器になることを見せてくれた。

「個人としてもボールを受ければ、前を向いてゴールまで行くというのは自信を持っている。それを繰り返すのが自分の仕事です」

川崎時代はほとんどが交代での出場だった。しかし、札幌では1試合を通すことで「90分のどこで力を発揮するか」を身に付けている最中。これは東京五輪世代にとっても大きなことだ。

物事が楽しければ、人間の吸収力は高まる。何事にも共通することだろう。そして札幌の練習は、話を聞いているだけで楽しそうだ。都倉は次のように語っている。

「ミシャは、いままで(サッカーで)求められなかったことを求めてくる。すごく刺激的ですよ」

選手が知らなかった知識を与え続ける優秀な教師。ペトロビッチ監督を得た札幌は、十分なトレーニング期間を取れるワールドカップ(W杯)ロシア大会を前に、どのような変貌を遂げているのだろう。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続。