3年の時をかけても、進歩と成熟がまるで見えてこない「青い」チーム。ハリルホジッチ監督が率いる日本代表を追いかけていると、チームを作り上げるのが難しいのは当然のことだと、“刷り込まれて"しまう。一方、今季のJ1を見てみると、誰もが「えっ、チームってこんなに簡単に改善されるの」と驚かされているチームがある。

そう、第5節を終えて首位に立っている広島だ。

不振に陥った昨シーズンは残留争いに巻き込まれ、J1で15位。しかも、J2に降格した16位の甲府とはわずか勝ち点差1。残留がいかに綱渡りの結果だったかが良くわかる。

3シーズン前の2015年はJ1制覇。さらに、森保一氏が指揮を執った2012年から16年にかけての5シーズンで3度の優勝(12、13、15年)を飾っている。この素晴らしい実績から、チームの地力はいまだあると見る向きは多い。それゆえ、昨季は負のスパイラルにはまっただけだと考えたくもなる。だが、それは本当だろうか。現実は、チームが「老い」に差し掛かっていたのかもしれない。この世界は、計画的な新陳代謝という名のアンチエイジングを怠れば、チームの老化は予想以上に早く訪れる。

「老化」と言っても、メンバーの平均年齢が上がったことを意味しているのではない。ほぼ同じメンバーで戦うことによる「金属疲労」とも表現できる弊害が出ていたのだ。その広島をチームとして若返りさせようとしているのが、今シーズンから指揮を執る城福浩監督だ。FC東京ではなかなか結果を出すことができなかったが、甲府を率いたときに見せた戦うサッカーで、広島に持ち込んで再生させた。しかも、トレーニングが始まったのは、J1全チームで最も遅い1月22日。期間にしたら実質2カ月あまりで、YBCルヴァン・カップを含めた今季公式戦を6勝2分けといまだ負けなし。この成績を予想した人はいなかっただろう。

第4節終了時点で首位を行く川崎と対戦した3月31日の第5節。ホーム等々力では、19戦無敗と圧倒的強さを誇る昨シーズンの王者を相手に同2位の広島は、自分たちのスタイルを前面に押し出して真っ正面から立ち向かった。

「川崎のようなチームには、おそらく引いて守るのは難しい。われわれは最初から、前から(プレスをかけて)行く。チャンスを逃さないというスタンスを90分通さない限り難しい」

城福監督が現時点で実行できるという戦略は決して華麗ではない。だが、手堅い。まずは守備を固め、そこから早い攻撃を繰り出す。日本代表監督も同じようなことを言っていたような気がするが、広島の選手はキャプテンの青山敏弘と稲垣祥で構成する2ボランチを筆頭に、前線の選手から最終ラインまで、とにかく球際が激しい。「デュエル」という単語こそ口にしないが、愚直に戦って走るのだ。それはある程度のベースがあれば、意識付けによって短期間で実行できる現実的な戦術なのかもしれない。

川崎を1―0で下しての首位奪取。確かに、この試合で得られた勝ち点3に関しては多分に運が味方したと言える。後半45分に川崎の長谷川竜也が決めたゴールは、オフサイドの判定で取り消された。現場にいれば、タイミングとしてはそう見えた。しかし、映像で確認すれば誤審は明らかだった。

城福サッカーの基本は単純。「走る」ことだ。当たり前といえば当たり前のことだが、実際にサッカーでこれを実行することは、肉体的にも精神的にもかなりきつい。しかし、それをやり切れば自信がつく。青山は日ごろの練習についてこう語っている。

「走るメニューに変わっていますね。見に来たらわかりますよ。それぐらいやっていますから」

試合終盤になって機動力が落ちる相手に対し、必ず主導権を握れるという確信があるのだ。だからこそ、このような自信に満ちた言葉を口にすることができるのだろう。

「僕らは走れる。その一歩は全然(相手と)違うと思いますよね」

苦しい場面でも無理が利く。それは5試合で1失点しか許していない抜群の守備力で、より威力を発揮している。相手がシュートを放つ瞬間まで寄せることで、シュートコースを限定する。川崎戦であった前半11分のプレーがまさにそうだった。左に抜け出した大久保嘉人の左足シュート。GK林卓人は「DFが自分の反応できる時間をつくってくれた。その意味でDFと協力できた守備だったと思う」と、これを右手一本で阻止した。

ここまでアウェーの3試合に全勝。しかもその相手は、浦和、鹿島、川崎と、今季開幕前には優勝候補にばかり。偶然に勝てる相手ではない。

とはいうものの正念場はここからだ。川崎戦から始まった週2試合の過酷な15連戦。流れを失えばあっという間に順位を落とす可能性はある。ただ、躍進のベースが守備にあるいまの広島を考えれば、大きく崩れるということはそう考えにくいだろう。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続。