ワールドカップ(W杯)イヤーのJリーグがスタートした。その開幕戦で、早くも今季の個人的ベストゴールの上位に入ってくると確信した得点を目撃した。2月25日に昨季J1王者の川崎が磐田を3-0で下した試合で生まれた中村憲剛の先制点だ。

磐田対川崎。俊輔と憲剛の「中村対決」を観戦するために静岡県袋井市の静岡スタジアムへ足を運んだ。前半24分、相手ペナルティーエリアの外で浮遊していた憲剛が急にギアを入れ替えてスピードを上げながらゴール前へと走り込む。そこへ後方やや左にいたエドゥアルド・ネットが左足でピンポイントのパスを入れる。憲剛はヘディングの名手のような体のひねりからシュートを放ち、J屈指のGKカミンスキーの頭上を抜いた。

「イメージはインザーギ」だったという。絶妙のタイミングで抜け出して、ゴール前でフリーになった川崎のバンディエラ。しかし、実際に欲しかったのは低いボールだった。「クロスというよりも(足元への)パスが来いと思ったら、本当にいいボールが来た。決めなきゃと思って(額に)当てたら入っていた」。とっさの反応が、サッカーの教本に載せたいような見事なヘディングシュートとして結実した。

精度の高いクロスを正確にヘッドで合わせれば、昨年J1最少失点を記録した磐田のゴールでさえ簡単にこじ開けられてしまう。日本ではグアルディオラが指揮を執っていたころのFCバルセロナがめざましい活躍を見せて以降、ゴールに至るまでに複雑なパス交換を求める人が増えた。得点の過程で過剰に「おしゃれ度」を期待してしまうのだ。でも、1点は1点である。簡単に得点が取れるのならばそれに越したことはない。だから、単純にピンポイントのクロスをヘディングでたたき込む得点にある種の爽快感を覚えるのだろう。

しかし、日本のサッカーはクロスからのヘディングでゴールが生まれることが多くない。特に攻撃的選手が流れの中からヘディングで決めることが極端に少ない。ヘディングによる得点者を見ると、「長身のDFがセットプレーから」というものが大半を占めている。

空中にあるボールをダイレクトに蹴ったシュートは、GKにすると実に厄介なものだ。なぜなら、地面にあるボールをシュートした場合に比べ、ボールが飛んで行く可能性がある角度がはるかに広いから。

それにもかかわらず、Jリーグにはヘディングで勝負するというFWが圧倒的に少ない。開幕戦でヘディングからゴールを挙げた、G大阪の長沢駿などは希少価値なのではないだろうか。正直、この国はヘディングの有効性を正しく理解していない。

このことの証左となる試合がある。約4年前の「ザック・ジャパン」時代のことで、いまでも酒席で話題に上がる。日本代表選手というと、通常はいわゆる“サッカー偏差値"が高いと思うのが普通だろう。ところが、そのチームの選手たちでさえヘディングで勝負できる選手の使い方を理解していなかった。

劣勢となったその試合で194センチと高身長のFWハーフナー・マイクが投入された。戦術の変化が求められたのだ。しかし、ターゲットとして投入されたハーフナーに高いクロスが供給されることはなかった。選手たちのヘディングに対する意識の希薄さは、その当時と大きくは変わってはいないのではないだろうか。

ヘディングが得意なトップがいなければ、サイドからクロスを上げる選手のキックの質も向上しない。ヘディングが得意なトップがいなければ、ヘディングでの競り合いに強いCBも育たない。サッカーがドメスティックな競技で、日本国内だけで楽しんでいればいいのならば、それでもいいだろう。だが、現実はそうではない。

中澤佑二、田中マルクス闘莉王。この「奇跡」の組み合わせといわれた2CB以外、日本代表の最終ライン中央にヘディングが強いコンビが存在したことはない。そして、海外勢と相まみえる日本代表やアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)に出場するJチームは、ゴール前へのハイクロスを放り込まれるだけでパニックに陥り、守備が破綻することを繰り返してきた。その原因は必ずしも守備だけの問題ではない。試合で相対する攻撃陣にヘディングが強い選手が少ないということも関係している。

現在、育成年代では脳への障害を考慮してヘディングの練習を敬遠する動きが出ているという。しかし、サッカーは3次元で争われるゲームだ。それを考えれば、しかるべき段階に来たときに正しい指導が行われなければいけない。高さは相手に邪魔される可能性が低い分、確実に有効なのだ。

目の覚めるようなゴールを決めた中村憲剛のことを「ヘディングの人」とはまったく思わない。だからこそ、驚きとともに見とれてしまった。それほどの美しいゴールだった。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続。