中国のクラブによる“バブリー"な選手補強の話題。内心ではそれをうらやみながらも、あえて無関心を装うことで、近年のJリーグは内向きの歩みを進めてきたのではないだろうか。

中国代表はワールドカップ(W杯)出場を逃し続けているのに、各国の有名選手が名を連ねるクラブはアジア・チャンピオンズリーグ(AC)で強さを見せる。破格の高額年俸を手にしたにもかかわらず、活躍を見せることなくわずか10カ月で故郷・アルゼンチンに帰国してしまったテベスは例外中の例外だが、基本的には中国に渡ったスター選手は各チームの中心となっている。それを考えれば、優れた選手というのは想像以上にチーム内で大きな影響力を持つということになる。

Jリーグでは長らく、途絶えていた世界的なビッグネームの存在。2014年には10年W杯南アフリカ大会でMVPに輝いたフォルランがC大阪に加入した。昔からウルグアイのサッカーが好きだった身としては心を躍らせたものの、日本では輝きを放てなかった。

そのフォルランが2シーズン目の途中で日本を離れた後、Jリーグ各チームの外国籍選手への依存度が確実に低くなった。昨シーズン、ACLを制した浦和にはホームアンドアウェー方式で行われた勝負どころの決勝でゴールを決めたラファエル・シルバがいたが、07年にACLを初制覇した時にいたワシントンのような絶対的存在ではなかった。J1を制した川崎も同様だ。エウシーニョやチョン・ソンリョンは替えの利かない選手ではあったが、彼らが中村憲剛や小林悠を超える存在かと言われれば決してそうではないだろう。

Jリーグ各クラブの日本人選手中心主義。その理由として、各クラブの財政状態があるのだろう。だが、それと同時に日本人選手の平均レベルが上がってきたのも関係しているはずだ。日本人選手があるレベルにまで達している以上、違いを生み出せる外国籍選手を獲得しようとなると、それなりの資金が必要になる。しかも、新たに獲得したその選手が必ずチームの中心になるという保証はない。そのことが日本人選手との絶対的違いを生み出す助っ人選手の減少になっていたのだろう。

しかし、ここにきてJリーグにも変化が表れてきた。昨年のポドルスキ(神戸)に続く世界的大物選手の加入。J1に復帰した名古屋に加入したジョーは、誰もが一度はスタジアムで生観戦してみたいと思わせる選手だろう。

「元ブラジル代表選手」。そんな肩書を引っ提げて、日本に来る選手は珍しくない。ただ、現在のハリルジャパンを見るまでもなく、キャップ1でも代表選手なのだ。それを踏まえると、真の代表選手と呼べるのはW杯を含めた世界的大会に出場した選手のことを指すと個人的には考えている。

現在30歳。名古屋のジョーは紛れもなく真のセレソンだ。代表キャップ数こそ20(5得点)と際立って多いとはいえないが、何と言っても4年前に自国開催されたW杯でメンバー入りをした選手だ。試合出場は途中出場した2試合に限られたが、熱狂的であると同時に厳しい目で見るブラジルの自国民の前でプレーしたという事実は、真に優れた選手であることの証だろう。

191センチ、96キロの大型選手。ヘディングはもちろんだが、足技も巧みで左足のシュートは破壊的。昨年は母国の名門コリンチャンスに所属し、ブラジルリーグのセリエAで18ゴールを挙げる活躍で、得点王とともにMVPを獲得した。また、アトレチコ・ミネイロに所属していた13年には南米クラブ王者を決めるリベルタドーレス杯で7ゴールを挙げ得点王にも輝いている。

華々しい結果は主にブラジルのクラブで成し遂げたが、海外でのプレーもこれが7チーム目。日本はロシア、イングランド、トルコ、アラブ首長国連邦(UAE)、中国に次ぐ6カ国目の国になる。確かに新しい国でのプレーは、なじむのに時間がかかるのだろうが、いまだ日本になじんでいるのかどうかさえ分からないポドルスキに比べれば問題がなさそうだ。その最大の要因はブラジルネットワークだ。

Jリーグでは試合後に両チームのブラジル人の選手やコーチたちが集まって話している光景をよく目にする。彼らは本当に仲が良い。その意味で日本の情報を一番持っている外国籍選手はブラジル人だ。

13年のコンフェデレーションズカップで日本から得点を奪っているジョー。彼も来日後の会見で「以前から日本でプレーしている友人が多くいるので日本のサッカーとJリーグについても聞いていた」と話していたと聞く。しかも名古屋への移籍話が持ち上がった時点で、かつてコーチとして在籍していたマウロ、そして06年から3シーズンプレーしたマルケスからも直接情報を取ったという。日本への順応は早いだろう。

11年、柏。14年、G大阪。J1ではこれまで、J2からの昇格チームが昇格年にいきなり優勝するという驚きがあった。その意味で名古屋が3度目の驚きを巻き起こすには、ジョーの得点力は不可欠になる。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続。