「まだやり切っていない」

1月23日に中日のテストを受けて入団した松坂大輔の心からの叫びに聞こえた。

神奈川・横浜高以来、常にスポットライトを浴びながら数々の栄光を手にしてきた「平成の怪物」と呼ばれた男が、なりふり構わずマウンドに固執する。

この37歳の挑戦には賛否両論あるだろうが、自分の立場にこだわらず納得できるまでやるのがいいと思う。

「どう見られようが何を言われようが、やり切ったと言えるような野球人生とは思えない。そう思えるようになるまで自分を信じて進んでいきたい」

▽松坂世代

松坂と同いの年1980年から81年に生まれたプロ野球選手を「松坂世代」と呼ぶ。

一緒に甲子園でプレーしたとかではなく、あくまで「松坂と同世代」という象徴的な意味だけである。

藤川球児、杉内俊哉、和田毅、村田修一ら70人を超えていた。これだけいれば、いろんな考え方を持つ選手がいても不思議ではない。

たまたまだろうが、藤川は大リーグ挑戦が失敗に終わっても独立リーグを経て古巣阪神に戻った。

昨年限りで巨人から戦力外とされた村田はどの球団からも声がかからず、独立リーグでプロ野球への復帰を目指している。

年俸との釣り合いになるが、どの球団も常時出場はともかく、十分戦力になる村田獲得に乗り出さないのは不思議である。

▽元関脇が幕下で

この二人も松坂と同じように「やり残しことがある」と現役引退を決断できない。

つい先日終わった大相撲でも、元関脇の豊ノ島がなんと幕下で相撲を取っていた。幕内と十両を行き来する力士は昔に比べて随分多く見られるが、番付が全ての大相撲でもそんなことがある。そういえば、優勝した栃ノ心も幕下から這い上がってきた。

トレーニングなどの進歩で選手寿命が延びているのは間違いないが、選手の意識が変わってきていると思う。矜持の問題ではなく、いかに自分を納得させるかだろう。

▽渡米後3年目に急降下

松坂は西武時代の8年間で4年目を除きいずれも二桁勝利。プロ1年目から3年連続最多勝は史上初で通算108勝。2007年にはポスティングによるレッドソックス移籍。移籍金と複数年俸を足すと優に100億円を超え、当時は大きな反響を呼んだ。

大リーグでは15、18勝と順調な滑り出しに見えたが、3年目から二桁勝利を挙げることはなく、メッツの2年間を含めて通算は56勝にとどまった。

15年からソフトバンクと3年契約を結んだが、右肩の故障などで思うように投げられず、なんと1軍での登板は16年の1試合だけ、それも消化試合での1イニングだけだった。

▽狙っていた森監督

一昨年12月はプエルトリコでのウインターリーグに乗り込んで調整を重ねシーズンに備えたが、昨年は投げる度に右肩の痛みに悩まされた。

右肩はかつて手術したが、強い球を投げようとすると痛みが走る。松坂といえば速球だが、その球が投げられない。

そんな松坂を見ていたのが中日の森繁和監督である。松坂が西武入りした時の投手コーチという間柄だが、それだけで松坂に救いの手を差し伸べることはない。

松坂の状態はスカウトを通して細かく報告を上げさせていたと言われている。

▽ずっと見たい

だから、入団テストは形式的にすぎないという見方もある。

全力で投げたのはわずか22球。松坂は「変化球も含め自信を持って投げられた。十分に投げられるというのが伝わったと思う」と非公開のテストの状況を語った。

森監督は「この時期にブルペンで投げられたのは大きい。このままずっと見たいという気持ちになった」とまで言った。

もちろん、松坂人気は球団にはプラスに働き、中継ぎなどで戦力になれば大きいし、5年連続Bクラスのチームに与えるインパクトはある。

▽昨年よりいい状態

松坂と付き合いのある松坂世代の元選手によると、「肩の状態は昨年とは比べようもないぐらいいい。本人もすっかり明るい表情を取り戻している」そうだ。

一昨年のプエルトリコでの登板も4回と5回を投げ球数も最大75までいった。

しかし、そのときの投球フォームはいわゆる「ぎっこんばったん」といった上体だけで投げている状態で、これでは制球力もなにもあったものではないと思った記憶がある。

帰国後は強い球を投げると痛い、元の状態に戻ってしまった。

▽イチローの去就

本人はそんな苦い思いを忘れることはない。昨秋あたりから肩の調子はよくなっているそうで、森監督は「ゆっくりでいい」と慎重な上にも慎重になっている。

背番号は「99」。1年契約の推定年俸1500万円プラス出来高が安い買い物になるかどうかであるが、なにより「平成の怪物」のプロ最終章がどんなドラマを生むか見たい。

プロ野球記者が一番興味を引かれるのは、選手の「全盛時」ではなく「晩年」にある。そこに人間ドラマを見るからだろう。

青木宣親がヤクルトに復帰したが、なんと言ってもイチローの去就から目が離せない。メジャーか日本か。結論は3月頃と見ている。

田坂貢二(たさか・こうじ)のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆。