日本でプレーしていたときの印象は、ドリブルに切れのある攻撃の大好きな典型的な「サッカー小僧」だった。それが2014年にドイツに渡り、いつの間にか素晴らしいアスリートに変身していた。

ワールドカップ(W杯)ロシア大会のアジア最終予選で4試合連続の得点を記録した原口元気。アウェーのオーストラリア戦でPKを与えるというミスはあったものの、閉塞(へいそく)感のあった日本代表に新しい風を吹き込む存在だった。

左サイドを主戦場とする原口のすごさ。個人で守備網を切り崩せる突破力と得点力が持ち味であることは間違いない。しかし、格上と対戦するW杯の本大会をにらんだ場合、攻撃力を発揮する機会はそう多くはないだろう。

むしろ大きな期待が寄せられるのは守備力だ。このドイツに渡ってからの3年半で飛躍的な伸びを見せたスプリント力。最終予選でもピンチの場面では、常に原口が戻ってきていた。ボールを奪った瞬間から始まるカウンターでも、全力疾走の背番号「8番」が必ず絡む。通常ならば「それは無理だろう」という過酷な走りをいとわない。その“苦行"を90分間続けられるのは、見た目の風貌から想像しにくい強烈な責任感を備えているからだろう。それを考えれば、あのオーストラリア戦のPKも、ミスとはいえ原口だからこそのものだった。

その原口がドイツでもがいている。所属していたヘルタで長らく出場機会を失っていたのだ。日本よりはるかにビジネスライクな欧州のクラブにおいて、選手の立ち位置というのは常に危うさをはらんでいる。昨年夏、原口はプレミアリーグへの移籍を画策していた。そのためにヘルタとの契約延長を拒否する形となった。ところがイングランド行きはご破算となってしまった。

一方、チームとしては原口の抜けるであろう穴を埋める必要があった。そのために、オーストラリア代表のレッキー、オーストリア代表のラザロを補強。監督とすればチームを出て行こうとした選手より、新たに加入した選手を重用するのは当然で、それにより原口は事実上飼い殺しのような状態に置かれてしまった。

ロシアでのW杯本大会を5カ月後に控え、この状況はハリルホジッチ監督にとっても悩みの種だろう。本田圭佑や岡崎慎司、香川真司らベテラン勢をメンバーから外した表向きの理由は「所属チームで出場機会のない選手は選ばない」という理由だった。それだけに、現状での原口を日本代表に招集すれば整合性が取れなくなる。それでも、原口はコンディションさえ整っていればチームに不可欠の存在だ。

W杯本大会の日本代表は、欧州でプレーする選手を中心にメンバーが選ばれるだろう。その中で3トップの左サイドとしてプレーしているのは、スペインのエイバルで高い評価を得ている乾貴士だ。ただ、スペイン人も驚くテクニックを誇る乾ではあるが、持ち味が最大限に発揮されるのは攻撃時だ。グループリーグの3試合ともに守備に追われる展開が予想されることを考えれば、その攻撃のアイデアは勝負どころのジョーカーとして取っておきたい。

アジアでは強いが、W杯では通用しない。そのため、過去の日本代表は予選と本番ではまったく違う戦い方を強いられてきた。その方針変更で成功を収めたのが、岡田武史監督が率い、ベスト16入りを果たした10年南アフリカ大会のチームだった。しかし、ハリルホジッチ監督が率いる今回のチームは、アジア予選から守備を重視し、プレッシングからのショートカウンターを実践してきた。それゆえ、本番でも戦術的にこれ以上の変化は望めない。チーム力の上積みはメンバーをどう組み合わせるかにかかってくるのだ。

01年にエメ・ジャケにインタビューするため、パリを訪れた。1998年、自国でのW杯を制した元フランス代表監督だ。その名将は代表監督就任当初、あの有名な『レキップ』を初めとしたメディアから散々にたたかれたことを苦笑いで話してくれた。

「カントナやパパンを外し、デシャンとジダンを中心にしたことがメディアは相当気に食わなかったみたいだ。でもW杯で優勝したら手のひら返しだったよ」

なにか同じような状況が、われわれの身近にもあるような感じがする。本田、岡崎、香川のビッグネーム外し。それを考えると、ハリルホジッチ監督を取り巻く批判も、結果さえ出せば吹き飛ぶのだろう。ただ、当時のフランス代表にはまだ21歳とはいえアンリやトレゼゲが控えにいた。それはちょっと日本にはまねはできない。

それを考えれば、今いる選手が現在置かれている環境の中でこれから最高の5カ月を過ごすことを望むしかない。原口は1月23日に元日本代表の宇佐美貴史が所属するドイツ2部のデュッセルドルフへ今季終了までの期限付きで移籍することが決まり、翌24日のリーグ戦で早速、新天地での初出場を果たした。チームを変えたことで、出場機会をコンスタントに得られることに期待したい。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続。