日本という国は、かつて他国をまねることで発展してきた。戦後の高度成長期、言葉は悪いが他国からの「パクリ」を日本独自に進化させ、本家をもしのぐ高品質の物を作り出してきた。そして、改良を重ねた日本製品は最高の品質を誇るようになり、「○○はメード・イン・ジャパンに限る」という高評価を世界中から受けるまでになった。

ところが、この「他国の優れたものを取り入れて、日本独自のものに作り替えていくという」作業は、サッカーでは残念ながらうまくいっていないようだ。もちろん、例外はある。それは女子だ。代表の「なでしこジャパン」は、2011年の女子ワールドカップ(W杯)ドイツ大会で初優勝の快挙を成し遂げると、翌年のロンドン五輪でも銀メダルを獲得し、その戦い方は他国代表に大いなる影響を与えた。そう「メード・イン・ジャパン」で一時代を築いたのだ。

一方、男子に目を移せば、4年毎に「フランス製」や「ブラジル製」、「イタリア製」など、手本となる戦い方のベースが世界中を行き来している。そして、そこに日本の「独自性」を加味できたとはとても言い切れる状況にはない。

日本がW杯に初めて出場したのは、1998年フランス大会。かつては夢だったそのW杯出場も、来年のロシア大会で6回目を数える。過去5度の本大会出場で、2度の決勝トーナメント進出。それは見方によっては成功ともいえるのだろう。ただ、過去最高のベスト16を上回る成果を望むのであれば、日本独自のスタイルというのを確立しなければ難しい。なぜなら、W杯で当たり前のように上位に進出してくる国はいずれも戦い方に普遍的なベースがあるからだ。

「組織力」と「勤勉さ」。これらの要素を日本人選手のストロングポイントだと思い込んでいる人は少なくない。確かに大枠では当たっているのだろう。とはいえ、組織力と勤勉さを持ち合わせた代表チームは他にもある。さらに厄介なのは、サッカーは日々進化しているのだ。そのスピードに日本はついて行けているかと考えると、はなはだ心もとない。例えば、日本がW杯出場した20年前、サッカーの中心にいたのは、ボール扱いのうまい選手だった。当然のように、日本にもボールテクニックに優れた選手が数多く生まれた。ところが、現在ではボール扱いに優れているだけでは不十分。フィジカルに秀でた「アスリートの要素」も兼ね備えていなければ、世界の第一線では通用しなくなっている。翻って日本。アスリートと呼べるサッカー選手が何人いるだろうか。この一点だけから見ても、日本サッカーの選手育成方法は後手に回っているとしかいえない。

W杯を基準とした4年というタームでの作業。それと平行して、日本サッカー協会は今後数十年にわたって貫かれる日本独自の戦い方の背骨となる指針を詰めなければいけない。そのためにW杯ごとに代わり、去ってしまう外国人監督の人選にはより慎重にならなければいけないだろう。

ハリルホジッチというちょっとエキセントリックな監督が、ロシアW杯終了後に去ったときに日本には何が残されているのだろうか。韓国戦では35年ぶりの3点差負けとなる1―4の完敗を喫した東アジアE―1選手権決勝戦後にそんなことを改めて考えてしまった。「デュエル」という新語を日本に持ち込んで、当初は人々に期待を持たせたが、いま更ながらその心のときめきには何の根拠もなかったことが明らかになってきた。

選手やチームの強化には二つの手段がある。よく知られているように「短所を直す」と「長所をより伸ばす」だ。ハリルホジッチ監督が選択したのは前者。日本人選手が弱いとされる1対1の勝負をあえて挑み、ボール狩りからカウンターを仕掛けるという戦術だった。しかし、その効果は現在でもあまり感じられない。むしろ、それまでの長所だったパスサッカーはまったく影を潜めてしまった。意図の感じられない前方へのキック。今どきの高校生でもこんなことはしない。プラス面とマイナス面を検証すれば、チーム力は明らかに低下したと言わざるを得ない。

今回のチームが国内組から選ばれたベストメンバーをそろえていたかといわれれば、確かに違うだろう。だが、同じことは韓国にも言える。それを「フルメンバーの代表でも、この韓国に勝てたかどうかは分からない」と発言する指揮官の感覚が理解できない。ハリルホジッチという監督は、格上のチームにも勝つ戦略を持っているという理由で日本代表を率いることになったのではなかったのか。そして、日本協会は監督に日韓戦が歴史的にも感情的にも、ただの一戦ではないことを十分に伝えていたのだろうか。

屈辱的な敗戦を受けて、ハリル解任論の意見が多く飛び出している。その声を上げている識者の多くが、元日本代表選手だということに注目しなければいけない。なぜなら歴史的に圧倒的に劣勢だった韓国との戦いを、近年の互角の力関係に持ってきたのは他ならぬ彼ら、日本代表OBだからだ。

その場しのぎではなく、未来を冷静に直視した展望。「メード・イン・ジャパン」のサッカーを構築するために、ここから日本サッカー協会がどう動くのか。多くの人が注目している。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続。