90分後に訪れるであろう感情は、大きな喜びか、それとも深い失望か―。期待と不安が入り交じり、心が複雑に揺れ動く。11月25日夜、埼玉スタジアムを包んだ空気に久しく味わっていない感覚を思い出した。

Jリーグの各クラブには、それぞれサポーターが存在する。ただ、この日だけは同じく日本サッカーを愛する者として、皆がJ1浦和に声援を送ったのではないだろうか。日本代表の試合では味わえない、クラブチームだけが持つスタジアムの一体感。スタンドが芸術的なコレオグラフィー(人文字)で覆われる素晴らしい雰囲気のなかで、アジア最強クラブを決定するアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)決勝第2戦が行われた。

成績不振。そして、シーズン途中での監督交代。今季のJ1浦和がここ数シーズンで最強かと問われれば、そうではなかったかもしれない。だが、7月末に就任した堀孝史監督は現実主義者だった。前任者が理想を追い求め、ここ一番となる試合をことごとく落としてタイトルを逃したのとは対照的に、堀監督は勝利を手にするための必須条件である守備を重視。結果、半年前までは「主導権を握った攻撃」の言葉しか聞かれなかったチームから「カウンター」という単語が飛び出すようになった。

この第2戦にたどり着くまでに、浦和は息絶えていても不思議はなかった。サウジアラビアでの第1戦。アルヒラルの地力は客観的に見て、浦和を大きく上回っていた。そんな状況で、GK西川周作が神がかったスーパープレーを連発。大敗してもおかしくなかった試合を1―1の引き分けで終わらせて、地元に戻ってこられたことが大きかった。

浦和はホーム・埼玉スタジアムで行った今年のACL準決勝6試合を全勝。しかし、そのデータは個々の能力に勝るアルヒラル相手では、必ずしも有利を約束するものではなかった。事実、試合の主導権を握ったのはアルヒラル。対する浦和は個々の勤勉さを組織として生かし、攻められながらも決定的なピンチは未然に防いでいた。

タイトルが懸かった試合というのは、往々にして堅い内容になりがちだ。その均衡を崩したのが、それまで全くさえなかったラファエルシルバだった。前半は左アウトサイドを任されたことで、守備への負担が大きかった。故障を抱えていたということもあるが、持ち味の攻撃面での良さが消えていた。

しかし、後半途中から1トップの興梠慎三とポジションを入れ替えたことで「一発」を狙う余力を蓄えられた。そして、この試合唯一のゴールシーンとなる後半43分を迎える。武藤雄樹が送った浮き球の縦パス。ボールを受ける瞬間に見せたのが、相手DFと入れ替わる見事なターンだ。完全にフリー。ラファエルシルバはペナルティーエリアに突進すると、強烈な右足の弾丸シュートをネット上段に突き刺した。

勝因は守備だった。Jリーグ初代得点王、アルヒラルのラモン・ディアス監督も「浦和のディフェンスは素晴らしかった」と褒めたたえた組織的な守備。1点を守り切った浦和は、10年ぶりのアジアタイトルを手にした。しかし、同じタイトル獲得でも10年前と今回のチームの状況はかなり違った。

2007年のチーム。それはアジアでも最高級のタレントをそろえるチームだった。外国籍の選手はワシントン、ポンテ、ネネ。それに国籍取得した日本代表の田中マルクス闘莉王と三都主アレサンドロを加えると、実質5人のブラジル人選手がいた。ところが、今回は傑出したタレントは存在しなかった。11月27日にアジア・サッカー連盟(AFC)が発表した本年度のACLのベストイレブン。そこに浦和の選手の名前は一人も含まれていなかった。その選出方法にも疑問が残るところだが、裏を返すと今回優勝を飾った浦和は組織として優れていたということだろう。

これまで何かと軽さが目立った浦和の守備。それが急激に進化したのはACL準決勝の上海上港戦あたりからではないか。とくに槙野智章はフッキとのマッチアップを制したことで、“1ランクアップ"の戦える選手になった。

タイトルを得たという事実は説得力を持つ。その意味で今回の浦和の戦い方は、日本代表が目指すべき一つの方向性を示したのではないだろうか。個人の力では劣る選手たちが、献身的な「働き蜂」となって守りを重視する。確かに、攻めるに越したことはないのだが、ワールドカップ(W杯)の舞台で日本代表が格上のチームを相手に主導権を握れるとは考えにくい。ならば、行き着くところは今回の浦和の戦い方だろう。

それにしても、久々に充実感あふれる興奮を味わえた。この特別な感覚を与えてくれた、浦和の選手やスタッフ、そしてサポーター。関わるすべての人々に感謝と祝辞を贈りたい。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続。