現役時代と同じようにさわやかに笑い、自然と周囲を和やかにさせていく。

野球日本代表の稲葉篤紀新監督は11月中旬に東京ドームで行われた「アジアプロ野球チャンピオンシップ2017」でチームを優勝へと導いた。

指導者としては、2015年から今春のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)まで日本代表の打撃コーチを務めていただけ。監督経験がない中でいきなり日本代表を率い、重圧の掛かる初陣で最高の結果を残した。

試合後には胴上げで宙に舞い「正直、僕は恥ずかしいので、胴上げはいいよという話はしていたが、選手たちがやってくれて非常にうれしかった。みんな『重い、重い』と言いながら胴上げしていたので、少し、ダイエットしないと」と照れ笑いを浮かべていた。

大会前に宮崎で行われた11月9日から5日間の合宿を通し、日本代表の監督として大事にしているものがいくつか見えてきた。

韓国と台湾で争った今大会は3人をオーバーエージ枠で選出できたが、出場資格があるのは24歳以下か、プロ入りから3年以内の選手。45歳の“青年監督"はフットワークも軽く動き回り、積極的に若手とコミュニケーションを取り、垣根を取り払っていった。

「多分、僕の性格というのも選手は知らないでしょうから。こっちからある程度話しかけて、こっちの考え方や、選手が今どういうことを考えて練習しているのかとか、そんなことを話しながら過ごした」

こんな笑い話もあった。合宿が始まる前日には、宿舎で又吉克樹投手と京田陽太内野手(ともに中日)がいるところに近寄り「セカンド、どうだ?」と問いかけた。これは、中日ではショートを務めている京田が今大会はセカンドを守ることになるので、その心境を思いやり、気遣ってのものだった。ただ、話しかけた相手は又吉だった。

「又吉さんと間違われた。似ているので」と京田も想定外の展開に思わず笑っていた。「似ていたので」と稲葉監督もバツが悪そうだったが、どんどんと選手に話し掛けていくからこそ起きた“勘違い"だった。

普段は敵同士で戦い、日本代表として集まる機会も少ない。顔触れも、招集される度に変わっていく可能性もある。

寄せ集めのチームにならないように、求めていたのが「結束」だった。密にコミュニケーションを取り、短期間で信頼を深めていった。

大会後には「一つになって戦うことができた」と一体感を誇っていたが、その雰囲気をつくり出していったのは誰にでもフランクに接していく稲葉監督だった。

現役時代に何度も日本代表のユニホームに袖を通し、世界を相手に戦った。日の丸を背負うことへの誇りも強く持っている。選手にもそれを求め、締めるところは締めた。

合宿中から「勝利主義」と何度も訴え、常に勝ちに向けたプレーを心掛けるようにと言い続けてきた。また、試合中の何気ない振る舞いにも目を向ける。

「ジャパンの一員、日の丸を背負って戦う者として、責任感が大事。野球界のトップチームとして、鑑でないといけない。(グラウンドで)つばを吐かない、ベンチの中では帽子をかぶってユニホームを着て、みんなで戦っていく」

当たり前のようにも思えるが、若手に対してあえて口に出して伝え、自覚を求めた。

采配面では機動力を重視し、オーダーはその時の調子などで打順を試合ごとに入れ替えていった。これも、自らの経験を踏まえ、短期決戦の国際大会を勝ち抜いていくために重視しているもののように映った。

3戦全勝とこれ以上ない結果で終わった大会を振り返り「まだまだ勉強不足のところがたくさんあった。大事な1点を取りにいく作戦をもっと勉強していかないといけない」とさらなる緻密さを身につけていく。

「稲葉ジャパン」の目標は一つしかない。「とにかく、東京五輪の金メダル」と言い、2020年に向けてチームの成熟を図っていく。

浅山 慶彦(あさやま・よしひこ)2004年共同通信入社。相撲、ゴルフなどを経て、プロ野球担当に。阪神、ロッテ、巨人などを担当。愛媛県出身。