シーズンを通して積み重ねられてきた一つひとつのゴールに優劣をつけることはできない。それぞれが素晴らしい瞬間であることに疑いはない。ただ、その中でも特別の価値を持ち、サポーターに極上の興奮と感動を与える「一撃」というのはあるはずだ。

今季、J1最多となる65点を記録している川崎。だが、11月18日に行われた第32節G大阪戦で彼らが挙げた1点は「65分の1」という数字では言い表せない特別な意味と価値を持つゴールになったのではないだろうか。奇跡の逆転優勝へ希望をつなげるという意味で、だ。

リーグ首位を走る鹿島は、対戦相手の浦和がアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)決勝に進んだ影響で、今月5日に第32節をすでに消化、勝利していた。この結果、G大阪との試合前の時点で2位の川崎は鹿島に勝ち点差7を付けられていた。リーグ戦はG大阪戦も含み、わずか3試合。このうち1試合でも落とせば、川崎がタイトルを獲得する可能性は消滅する。川崎は勝ち続けて鹿島にプレッシャーをかけるしかないのだ。

キックオフから川崎は猛烈な勢いで攻め込む。開始15分に中村憲剛がボレーシュート、26分にはエウシーニョのボレー、直後の28分にも奈良竜樹がヘディングシュートを放つなど、次々に決定機を作り出す。結果、前半はG大阪に1本のシュートも許さない一方的な展開を演じた。しかし、スコアを見れば0―0のイーブンだ。

川崎の前に立ちはだかったのは、日本代表GKの東口順昭だった。第31節までの7試合未勝利と低迷するG大阪にあって、リーグ随一の攻撃力を持つ川崎とスコア上での接戦を演じられたのは、この最後のとりでをなくして考えられなかった。それほどまでに、この日の東口のゴールキーピングはスーパーだった。後半に入っても、8分に1対1持ち込まれた小林悠のシュートをセーブすると、14分にはエウシーニョのヘディングシュート、そして28分にも家長昭博との1対1をことごとくストップし続けた。

両チームは違うディビジョンやカテゴリーに属しているのでは―。そう錯覚させるほど、内容は川崎のワンサイドだった。それを証明するように、川崎のシュート数は25本に対し、G大阪はわずか1本。勝機は限りなく薄かったのだ。事実、G大阪の長谷川健太監督も試合後に「今日は勝つ可能性は限りなくなかった」と語っていた。

それでも、0―0で引き分ける可能性はあった。サッカーでは攻め続けられることによって、守備のリズムができることが時にある。その中にはGKが「当たる」試合があって、この日の東口がまさにそうだった。とはいえ、当事者である東口が「失点は時間の問題だと思っていた」と振り返っていたということは、「当たった」だけではしのげないほどの圧力を川崎の攻撃から感じていたことになるのだが。

一方、攻めに攻めた川崎としても精神的には厳しい試合だったはずだ。サッカーに判定勝ちはない。同じように一方的に攻め立てたものの2―0で敗れた2週間前のルヴァンカップ決勝の記憶がまだ鮮明ななかで、ネガティブな思考が脳裏をよぎってもなんの不思議もなかった。

まるでシャンパンの泡がグラスの底から湧き上がるように、選手が前線に飛び出してくるサッカー。フランス代表が見せる「シャンパン・ラグビー」ではないが、川崎はそれに近い動きを見せた。しかし、時間の経過とともにG大阪の守備も相手の動きに慣れてくる。そのような展開で「動」を封じられた川崎が、活路を見いだしたのが「静」からの攻撃だった。

ゲームも終盤‎に差し掛かった後半37分、中村の右CK。それまでニアサイドに送ることが多かった球筋を軌道修正しファーに。そのボールを家長がヘッド。ボールがファーポスト際に流れたところに入り込んだのがエウシーニョだ。

チームにおける戦術的な約束事では、本来はカウンターに備え後方に残っていなければいけなかったという。ところが、感覚が研ぎ澄まされたときにだけ、神が舞い降りるように訪れるひらめき。川崎の右サイドバックには、ボールがこぼれてくる位置が見えていた。

「自分のイメージで(CKの)ボールが蹴られた瞬間に、ボールがファーポストのところに転がってくるんじゃないかというイメージがパッと浮かんだ。そこで思い切って前に出て行きました」

自分をマークする井手口陽介が、キックされるボールを確認するために視線を移した瞬間だった。エウシーニョは井手口の背後に回り込んでゴール前へ。予測通りにこぼれてきたボールを、利き足ではない左足でダイレクトシュート。ボールは東口の股間を抜けネットを揺らした。まさに、「神の啓示」で得たといっていい「神がかった」千金ゴールだった。

残り2試合。首位・鹿島との勝ち点差はこれで4。もちろん、自力でタイトルに手が届く鹿島が有利であることに変わりはない。だが、エウシーニョがたたき込んだこのゴールはJ1リーグをまだ終わらせないという意味でも価値がある。そして、奇跡が起きたなら、川崎のクラブ史にとって忘れられない1点になるはずだ。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続。