大事な発表会に向けて一生懸命に練習してきたにもかかわらず、発表会のレギュレーションが急に変わってしまった。例えれば、そういう条件の試合だった。

今年もJリーグは各カテゴリーで、タイトル獲得や昇格、そして降格回避を巡り、勝ち点1に一喜一憂する季節になった。ところが、日本列島は2週続けて週末に台風の直撃を受けた。特にJ1第31節が行われた10月29日の首都圏は、最も雨脚の強い時間帯と試合が重なった。FC東京のホーム「味の素スタジアム」もキックオフ直後こそサッカーができる状態だったが、時間の経過とともにピッチには水が浮き、さながら競技名がサッカーから“水球"に変わったようだった。

優勝争いをしているチームはもちろん、J2降格の恐れがあるチームも生き残るために前節からのおよそ1週間で、策を巡らし準備をしてきたはずだ。当然、天気予報も考慮しただろう。だが、練習してきたのはあくまでもサッカー。それを考えると、サッカーができない状況で試合が行われたのは気の毒だった。しかし、それも含めてのリーグ戦だろう。

第30節を終えた時点で、数字の上でJ2降格の可能性があったのは11位のFC東京まで。そのFC東京と第31節で対戦した清水は追い詰められていたはずだ。甲府に勝利を収めた第25節の時点で、降格圏となる16位との勝ち点差は8あった。ところが、その後の5試合で未勝利。わずかに勝ち点を2しか積み上げられず、16位との勝ち点差は3差にまで縮まっていた。1試合でひっくり返る数字だ。

痛かったのはシーズン終盤で起きたエースの離脱だ。8月に肉離れを起こした得点源の鄭大世が、復帰後の第29節磐田戦で今度は右ひざ内側側副靭帯(じんたい)の損傷で再び離脱。リーグ戦20試合でチーム最多となる9得点を決めているキャプテンの不在は、戦力的な面だけではなく精神面でも大きな痛手となった。

第26節からの5試合で、清水のゴールは9月23日に開催された第27節広島戦で鄭大世が挙げたわずか1。極度の得点力不足にあえぐ清水だが、FC東京戦ではチーム全員が同じ目的意識を共有した組織的な戦いを見せた。その最大の目的が「勝ち点を積み重ねる」こと。だから、戦術はシンプル。守備は無理をしてパスをつなごうとせず、危ない場合はクリアではっきりと試合を切る。攻撃は相手守備ラインの背後にボールを入れていく。水たまりでボールが予想しない形で止まり、思わぬチャンスがやってくることもあり得る、という雨中での戦い方を徹底した。

攻守で存在感を示したのが、竹内涼と河合陽介の2人のボランチだ。特にアキレス腱(けん)断裂を負い、開幕戦以来の出場となる河合は8カ月ぶりの出場とは思えない働きで、清水が中盤の主導権を握る原動力となった。

前半37分の右CKから犬飼智也が放ったヘディングシュート。後半開始直後に北川航也が見せた強烈なミドルシュート。そして、後半35分の波状攻撃。幾度となくゴールを脅かした清水だったが、FC東京GK大久保択生の好守もあり、得点が奪えない。これで広島戦の得点を最後に366分間も無得点だ。それでも0―0で引き分けた清水の選手たちの表情は、意外にも明るかった。

「今日も90分雨に打たれて修行のような試合だった」

雨にかすむボールを、眼で追うのさえ難しい試合を「修行」と表現したGK六反勇治は、「チームとしての勝ち点1は徐々に積み上げっている。できれば今日の試合だったら勝ち点3が取れればよかった」と、チーム全体の集中した試合内容には満足そうだった。

そして久しぶりの試合にもかかわらず86分間を走り抜いた河合は、この日の清水の戦いぶりをこう表現した。

「たぶん雨じゃなくても割り切ったサッカーになったと思う。うちにとっては(雨によって)より明確になった」

当たり前なのだが、大前提は絶対に負けないということ。特に降格ラインに近いチームは、それが3ポイントではなく1ポイントでも勝ち点を積み重ねることが重要だ。J2に降格すれば、選手自身の生活環境が間違いなくマイナス方向に変わる。昨シーズンをJ2で過ごした清水の選手だからこそ、身に染みて分かるのだ。

残り3試合。この日、勝ち点で14位の清水を上回る可能性を残す15位甲府、16位広島、17位大宮はすべて敗れた。その意味で広島に勝ち点4差をつけたことは、精神的ゆとりという意味でも清水には大きい。

「勝ち点3を取ろうとして、勝ち点1も逃してしまうとちょっとがっかり。そういうところで難しいゲームだった」

小林伸二監督がいう、狙い所の難しい試合で得た1ポイント。それは最後にどれほどの価値を持つものになるのだろう。残り試合がさらに興味深いものになった。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続。