目標の日本一には届かなくても、せめてそれに挑む戦いまでは見たかった。

クライマックスシリーズ(CS)・ファイナルステージで、レギュラーシーズンでは14・5ゲーム差を付けていた3位DeNAにあっけなく完敗した広島。自慢の強力打線が鳴りをひそめ、投手陣は崩壊し、ベンチワークも実らない。昨年の雪辱を果たすための日本シリーズにすらたどり着けず、33年ぶりの頂点に駆け上がる夢は道半ばでついえた。

だが37年ぶりにリーグ2連覇を成し遂げた事実が色あせることはないだろう。

担当1年目の筆者にとって、印象深いのは就任3年目の緒方孝市監督の存在だ。まず正直言って取材が難しかった。

言葉数は少なく、表情を変えることもめったにない。中途半端な質問には首をかしげられ、時には厳しくののしられることもあった。取材の甘さを痛感した。

だが日々質問を投げかけることで、次第に少しずつ、真意に近づくヒントを話してもらえるようになるのは、うれしくもあった。

厳しい姿勢は記者にだけではない。25年ぶりのリーグ優勝で悲願を叶えた昨年から、今年は厳しさが増していた。

4番に抜てきした鈴木誠也が凡退後、道具に当たって悔しさをあらわにする。フルイニング出場を続けるリードオフマンの田中広輔がベンチで審判の判定に文句を言う。シーズン途中、この姿が目に余り、二人を監督室へと呼び出した。

「戦う士気を下げるだけ。もう次の打席で戦っているやつがおる。そいつを応援したらいい」との理由で叱責した。

今年は黒田博樹が抜け、一層の成長が求められる投手陣にも容赦なかった。

岡田明丈が2年目で初の二桁勝利を挙げた日でさえ、投球内容に苦言を呈した。制球を乱して四球を連発し、リズムがつくれないのを見かねてのことだった。

藤浪晋太郎(阪神)の投球が左肩に直撃しても、優しく対応した大瀬良大地には「いい人だけじゃグラウンドでは勝てない。いい人はユニホームを脱いだところでやってくれたらいい」ときつい言葉で発奮を促した。

時代とは逆行しているスタイルのようにも思えるが、「自分らしく、自分のやり方でやるだけ。そこは絶対に変えない」と信念が揺らぐことはなかった。

とにかく勝つために何が必要かに集中する。周りを気にせず自分の野球観を信じ、情を捨てて選手と接して決断を下すのが「緒方流」だ。

日々の努力による裏付けがあるからこそ、できることだと感じる。

本拠地では、午後6時試合開始の日は午前9時前後に球場入り。デーゲームは午前7時前に監督室に入って、あらゆる試合の映像を見て勉強を重ねる。

他球団の作戦、選手の特徴を徹底的に研究。移動中の新幹線でも、休日の自宅でも、多くの時間を割き、自身の見識や感性を磨いてきた。

一方でコーチ陣との対話も重視し、チームを組織として育てることも怠らない。

毎年のようにオフには、このほどサッカーの五輪日本代表監督に就任した森保一氏と会食。同学年で親交がある相手と、自然に組織論の話で盛り上がった。

J1広島を3度優勝に導いた経験のある森保氏から学ぶことは多かったというが、森保氏が「組織改革もやられていると聞いた。細部までこだわりながら考えてやっているのを感じた。本当に勉強になって、刺激を受けた」と明かすように、持ち合わせる熱意は人一倍だ。

だからこそ、CSでの終戦は残念でならなかった。まさか先手を取ってから4連敗するとは思わなかった。

積極的に奇襲を仕掛けてくる短期決戦仕様の相手に流れは奪われっ放し。繰り出す作戦が裏目に出たのが痛かった。

レギュラーシーズンで何度も歓喜に沸いた本拠地のファンを落胆させ、最後は見せ場なく全日程が終了した。

一発勝負に負けない強さを身につけ、来年こそは球団史上初のリーグ3連覇、その後に続く日本一への道を歩み切ってもらいたい。

山本駿(やまもと・しゅん)1988年生まれ。岐阜市出身。2011年入社。和歌山支局での警察担当を経て、13年から大阪運動部へ。14年から阪神担当を3年。17年から広島支局に異動し、広島担当