楽しみ。それは自分で見つけ出すものなのだと思った。そして、サッカーにおける楽しみは、必ずしも試合中にあるわけではない。スターティングメンバーが記された一枚のシートにも見つけることができるのだ。

台風21号の影響を受けた10月21日のJ1第30節。FC東京対札幌は雨中での試合となった。その試合前、入場する選手たちを見て、思わず笑みがこぼれた。大人のチームに、小学生が一人紛れ込んだのではと思わせる光景だったからだ。

Jリーグでは初めて見るタイのスター選手。ワールドカップ(W杯)アジア最終予選でも印象的なプレーを見せた札幌のチャナティップが、あまりにも小柄だったのだ。記録を見ると身長は158センチ。前を歩く巨漢のジェイの身長は登録では190センチとなっている。だが、実際にミックスゾーンで並んでみたら明らかに数字より高いと感じた。そのジェイとチャナティップの対比が極端すぎるのだ。

加えて札幌の先発メンバーは、チャナティップ以外は全員が180センチオーバー。交代投入された選手も、チャナティップと代わった181センチの稲本潤一を初め、184センチの金園英学に183センチの河合竜二だった。昔、「○○は△△の巨人軍です」という宣伝文句があったが、間違いなく札幌はサッカー界の巨人軍だろう。日本でこんな高身長のチームを見たことがない。

ただ、サッカーはGKやCBといった特定のポジションを除いて、身長の高低が決定的な要素になるスポーツではない。特徴を持った選手の組み合わせによって、様々なスタイルを築き上げられる。その意味で、今季は3―4―3システムを採用する札幌において、攻撃陣を構成する3人は興味深い。1トップのジェイに、2シャドウのチャナティップと都倉賢。小回りの利くチャナティップがカミソリだとすれば、187センチの都倉はナタのような重量感ある左足を持つ。

7月1日、シーズン途中でのジェイの加入が発表された。札幌にすれば、J1定着の切り札となることを期待しての獲得だった。何しろ、札幌は今季を含む5シーズンをJ1で戦っているが、残留できたのは岡田武史監督が指揮を執った2001年だけ。あとの3度は全て1シーズンでJ2に降格しているのだ。ちなみに、J2発足前年の1998年もJリーグに所属したが残留は果たせなかった。

札幌は直近の5試合で2勝2分け1敗と勝ち点を積み重ねて、第29節終了時で13位につけていた。だが、同時点でJ2降格圏となる16位広島との勝ち点差は4。第30節を含めると残りが5試合あることを考えれば、安全圏にいるとはとても言えない状況だった。そして、札幌はもう一つ課題を抱えている。極端な「内弁慶」なのだ。ホームでは8勝4分け3敗とタイトル争いするような成績なのに、アウェーでは一転して3分け11敗。その意味でアウェーのFC東京戦は、札幌にとって重要な試金石となる試合だった。

ここまでのリーグ戦でチーム最多となる8得点。エースとしてチームを引っ張ってきた都倉だが、ジェイ加入までは問題もあった。都倉がサイドに流れたときに、ゴール前のターゲットがいなくなり攻撃の機能が著しく低下するのだ。しかし、ジェイという自分に代わるもう一人のターゲットができたことで、ゴール前に常に得点のチャンスが確保されるようになった。

試合は前半、都倉が2度のビッグチャンスをゴールに結び付けられないなど、もどかしい展開となった。しかし、後半になるとその都倉がジェイの特徴を生かすアシスト役に回る。後半開始直後の2分に福森晃斗のFKをヘディングでつなげ、ジェイの右足シュートをお膳立て。後半14分にも左サイドからの完璧なクロスで、ジェイのこの試合2点目となるヘディングシュートを導いた。

「1点目は狙い通り。2点目に関してもジェイが見えていた。僕もああいうボールが欲しいので。(クロスを)もらう立場として逆にパスの出し手になるとわかる」

高さと強さ。自分と同じ特徴を持っているからこそ、都倉はジェイのスタイルを誰よりも早く理解した。一方のジェイも「自分も都倉もヘディングとフィジカルが強い。だけど、足元のプレーも得意。だから相手からすればどう攻めてくるかわからないはず」と都倉との相性のよさを認める。

都倉→ジェイのコンビで2点を奪い、その後の反撃を1点に抑えた末でつかんだアウェー初勝利。同節で16位広島が敗れたこともあり、順位こそ変わらないが勝ち点差は7に広がった。次節、札幌が勝って広島が敗れれば、J1残留が決まる。その意味でFC東京戦の勝利は、札幌のサポーターにとって台風の悪条件でも見に来るに値する価値があった。そしてジェイ、都倉のツインタワーとチャナティップを絡めた攻撃は、さらに進化しそうだ。

一方のFC東京。「明らかにいまのFC東京さんはモチベーションがないから」と、相手チームの選手にいわれてはダメだろう。サポーターがかわいそうだ。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続。