同じ光景が目に映っていても、必ずしも同じものを見ているとは限らない。例えば、友人と隣同士の席に座って試合を観戦したとする。ピッチで起こった一つの現象に対して、一人は小さなミスがあったことに気づき、もう一人は何の違和感も抱いていない。そんなことが少なからず起きる。

この2人を分ける要素は何か。それは「知識」に他ならない。多くの知識を持っている者は、瞬間、瞬間に起こる事柄に対して、これが正しいのか間違っているのかを選別しながら試合を見る。逆に、知識が乏しい者は選別するための基準を持ち合わせない。だから、ミスが起こっていることにさえ、気づいていないこともあるのだ。

来年6月から7月にかけてロシアで開催されるワールドカップ(W杯)。その本大会に出場する23人のメンバー入り争いのスタートと銘打った日本代表の10月シリーズ。6日のニュージーランドと10日のハイチの2試合は当初、「もう少しレベルの高いチームと対戦しなければ強化の意味がない」という意見もあった。

しかし、終わってみれば2―1の辛勝と3―3の引き分け。特にハイチとの2試合目は、バヒド・ハリルホジッチ監督を激怒させた。あまりに低調な内容に、指揮官が「今夜、このような試合の後に、W杯本大会の話をすると愚かな人間だと思われてしまう」と、これ以上ない自虐的な言葉を吐くほどだった。

ハリル体制になってから、最多となる3失点。それは、吉田麻也を初めて欠いた試合でもあった。そして、守備の要として不動の存在だったこのCBを外すテストは、W杯本大会までに必ず試しておかなければならないことでもあった。なぜなら、負傷や出場停止などで吉田を欠くことは十分にあり得る。ポジションの特性を考えれば、本大会で吉田が一発退場することは起こり得るのだ。

結論からいえば、ハリル・ジャパンに占める吉田の存在感がいかに巨大かを証明することになった。残念ながら、現在のJリーグには吉田の穴を埋める選手は皆無だ。それほどに替えの利かない選手なのだ。

イングランド・プレミアリーグのサウサンプトンでも大きな信頼を集めているように、吉田は日本にいるわれわれが思う以上にクレバーで価値の高い選手なのだと思う。世界に知られる歴戦のストライカーとリーグ戦などで毎週のように対峙(たいじ)している。それらの試合を通じて得られる経験値は、Jリーグの比ではないだろう。何より、プレミアのチームに所属していること、そして試合に出続けていることが素晴らしい。その意味で、吉田はアジア最高レベルのCBだろう。

図らずもこの日、槙野智章とCBのコンビを組んだ昌子源の「相手の20番は日本にいないタイプ」という言葉が印象に残った。この試合で2得点を決めたハイチの背番号「20」デュカン・ナゾンについて、驚いていたのだ。確かに左から逆サイドネットに打ち抜いた30メートルの3点目はすごかった。Jリーグであの距離からシュートを打ってくる選手はほとんどいない。だが、W杯においてあの距離はシュートレンジとして当たり前なのだ。

Jリーグでプレーする選手には見えないピンチやチャンス。世界中から多様な人種が集まるだけに、様々なタイプの選手と対戦する機会が日常となっている海外組は、その対応力が国内組より高くなって当然だ。

その中で日本代表というチームを考えた場合、圧倒的な経験値とサッカーで次に何が起こり得るかを予測する知識を備えているのは、チームの背骨を成す2人の選手だ。それは、吉田とキャプテンで守備的MFの長谷部誠。チームのセンターラインに位置する2人が、知識のない者が気づかない場面でも、絶妙のバランスで組織をコントロールしているということだ。今回のハイチ戦では吉田も長谷部も出場しなかったが、長谷部だけが抜けたときもチームはひどい状態になる。それゆえに、ロシアでこの2人のキーマンの一方でも欠くことになったら、日本代表が勝負することはかなり難しくなる。

これはハリルに限らずジーコ・ジャパン時代から指摘され続けていることだが、「国内組を軽視している」という意見をよく耳にする。確かに、Jリーガーでも海外組より技術の優れる選手はいるだろう。それでも歴代の代表監督がなぜ海外組を重用するか。それは異質なタイプの選手との対戦経験が豊富だからだろう。そして、日本代表が対戦する相手は基本的に外国のチーム。日本人としか対戦経験のない選手では厳しいのだ。

とは言え、“純国産"であってもすごい選手が生まれるのも事実だ。遠藤保仁は誰が見てもすごい。そして、遠藤もまたピッチで起こり得る現象に対する恐ろしいほどの知識と洞察力を備えている。

大切なのは頭を使うこと。それに尽きるのだ。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続。