数あるスポーツの中で、最も観戦に適していない競技。それは、セーリングかも知れない。何しろ、競技会場は海の上。加えて、通過することを求められているコース上の「マーク」以外は自由に帆走できるため、レースが行われる海面全体に参加艇が散らばることも珍しくない。そうなると、セーリング関係者でも順位を把握するのは容易ではなく、海上から観戦したとしても、どの艇がリードしているのかを判別するのは難しい。

こうしたセーリングのハンディキャップを補うテクノロジーが近年登場し、存在感を発揮している。「スマホでヨットレース」と名付けられたトラッキングシステムだ。ちなみに「トラッキング(tracking)」は「追尾する」という意味の英語。「スマホでヨットレース」はその名の通り、スマートフォンの衛星利用測位システム(GPS)機能を活用することで対象物の位置情報を把握して、ほぼリアルタイムで各レース艇やマークの位置をパソコンやタブレットの画面上に表示する。つまり、レース展開が一目で分かるようになったのだ。

2020年東京五輪のセーリング会場となる神奈川県の江の島では今年8月から9月にかけて、五輪の種目である470級の全日本選手権とジュニア世界選手権、同じくオリンピック種目のRSX級世界選手権という大きな大会が立て続けに開催された。この3大会では出場艇はすべて「スマホでヨットレース」の専用スマートフォンを搭載。ヨットハーバー内に設置された大型スクリーンにレースの状況が映し出された。

大型艇が競う外洋ヨットレースにおいては、レースの参加者と運営者がレース艇の位置を確認するのを目的に早くからGPSが活用されてきた。しかし、五輪種目などの小型艇が多数出場するレースで使われるようになったのは比較的近年のことだ。

「スマホでヨットレース」システムを開発し、運用にあたる宮田毅史さんによると、2013年から開発に入り、翌14年9月に行われた和歌山国体のリハーサル大会などでテストを実施。15年の同国体と和歌山高校総体(インターハイ)で導入されたことをきっかけに国体とインターハイで一気に定着したという。それに伴ってヨット界での認知度も高まり、470級全日本選手権や日本で開催された先述の世界選手権などでも採用されるまでになった。

現在では、国体やインターハイに出場しているチームのコーチや選手がタブレット端末などでレース展開を確認したりする姿は珍しくなくなった。また、江の島で開催された国際レースに参加した外国人選手に宮田さんが印象などを尋ねたところ、好評だったそうだ。

ヨットレースを分かりやすく見せる、という面で多大な効果を発揮する「スマホでヨットレース」システムだが、もう一つ大きな役割がある。セーリングは、海や風という大自然を相手にするスポーツ。遭難の危険が常につきまとう。万一、レース艇が漂流するような事態に陥った場合でも「スマホでヨットレース」端末を搭載していれば、容易に位置を特定できる。こうした安全面での効果は、レースの運営関係者から高く評価されている。

日本セーリング連盟の関係者は上記のような特長を評価したうえで「スマホを使用することで、簡便で低価格なトラッキングを実現した。セーリングの普及という点で果たす役割は大きい」と話した。2020年東京五輪に向けて、「スマホでヨットレース」は活躍の場を広げていくだろう。

山崎 恵司(やまざき・えいじ)のプロフィル

1955年生まれ。1979年に共同通信運動部に入り、プロ野球を中心に各種スポーツを取材。93年からニューヨーク支局で野茂英雄の大リーグデビューなどを取材。帰国後、福岡支社運動部長、スポーツデータ部長などを務め、現在はオリンピック・パラリンピック室委員。