まさか、と言っては失礼だが、この男が日本の救世主になるとは思ってもいなかった。

8月31日に行われたサッカーのワールドカップ(W杯)アジア最終予選のオーストラリア戦。勝てば本大会出場権獲得の大一番で先発に大抜擢された22歳の浅野拓磨(シュツットガルト)が値千金の先制点を奪い、得意の「ジャガーポーズ」で約6万人の大観衆の歓声を浴びた。

50メートルを6秒前後で走る俊足を武器に、三重・四日市中央工高時代に全国高校選手権で得点王に輝いた逸材。J1広島で頭角を現して「ジャガー」の愛称をもらい、今やドイツ1部リーグでプレーするまでに成長した。

ただ、日本代表の中に入れば決してうまい選手とは言えず、これまでは終盤に投入されるスーパーサブの立場。この試合も序盤はパスミスや連係ミスが目立ち、味方をやきもきさせていた。

それでも本人は全くひるまなかった。前半41分、長友佑都(インテル・ミラノ)が左からクロスを上げるタイミングに合わせ、一瞬の加速でマークを外す。どんぴしゃりの位置に送られたボールを左足インサイドキックで流し込み、歓喜をもたらした。

「今日の試合でも課題はいっぱいありましたけど、だからこそ、一つの点で、一つのプレーでゴールに絡む。それだけを意識してピッチに入りました。いろんなところでチームに負担は掛かっていると思いますけど、点を取ってみんなで守れば勝てるので。ゴールを取るということだけ意識してピッチに入りました」。チームに貢献できた喜びと興奮が伝わる、実に晴れやかな笑顔だった。

印象深いエピソードがある。2014年12月、私はU―21(21歳以下)日本代表のバングラデシュ遠征を取材した。

手倉森誠監督(現日本代表コーチ)がリオデジャネイロ五輪アジア予選を見据え「環境が整っていない中で普通にやれるか試したい」と、あえて日本の常識が通用しない国を遠征先に選んだのだった。

現地では、まず街の雰囲気に圧倒された。電車やバスは屋根の上にまで客を満載して走っている。渡航者が珍しいのか、一歩外へ出るとゾロゾロ知らない若者が後ろをついてきて怖い思いをした。

選手たちが宿泊したホテルの前にはライフルを構えた警備隊が常駐し、物々しい雰囲気を醸し出す。会場となったバンガバンドゥ・ナショナルスタジアムには野犬が闊歩し、肝心のピッチも芝がめくれてぼこぼこの状態だった。

ここで浅野はバングラデシュのフル代表相手に2得点し、3―0の勝利に導く大活躍を見せた。

慣れない環境に苦しむ選手たちの中、後半途中から出場すると伸び伸びと持ち味を発揮。スピードを生かして一気に抜け出して先制し、終盤にもダメ押しの追加点を決めた。

試合後はケロッとした様子で「ピッチなんか関係ない。高校は土のグラウンドだったし、なんか懐かしい感じがしましたね」と笑い飛ばしていた。

言い訳無用の厳しい局面では、こんな選手が頼りになるのかも知れない。ピッチ脇の薄暗い取材エリアで話を聞きながら、ふとそう思った。

南米のアマゾンに生息するジャガーは森林、サバンナ、荒地とさまざまな環境に適応し、食物連鎖の頂点に君臨しているという。どんな状況でもたくましくピッチを駆け回る浅野にぴったりなニックネームだ。

来年のW杯本番は一試合一試合がプライドを懸けた大勝負になる。そんなしびれる舞台でこそ、最大限に真価を発揮してくれるのではないかと期待している。

石井 大輔(いしい・だいすけ)1983年生まれ。東京都出身。2006年共同通信社入社。名古屋支社、仙台支社(プロ野球楽天担当)を経て11年12月から本社でサッカーなどを担当。現在はサッカー女子日本代表を中心に取材。慶大時代はボート部に所属した。