スポーツの現場で、近年よく聞かれるようになったものに「努力は裏切らない」という言葉がある。発言しているのは、だいたい活躍している選手だ。試合で成功体験を得ている選手が、自分の努力が結果に結びついたわけだから、彼らの発言にうそはない。

しかし、現実は厳しい。特に本来備わっているポテンシャルが占める比重が大きいスポーツの場合、努力さえすれば誰しもが成功を収められるとは限らない。それでもただひとつ言えることはある。努力抜きに成功を手にすることはほとんど不可能ということだ。

常に競争を求められるプロのスポーツ選手の場合、個人の努力が考慮されることは稀だろう。監督はより勝利の可能性が高い選手の組み合わせを選択するからだ。それでも人情としては、頑張っている選手にチャンスを与えてやりたいというのはどこかにある。

J1第22節、8月13日のFC東京対神戸は、そういう意味で一人の選手が報われた試合だった。FC東京に所属する27歳のGK大久保択生が初めてJ1の試合でゴールを守ったのだ。

プロ生活を初めて10シーズン目。昨年までの9シーズンはJ2が舞台だった。2008年に横浜FCに加入し、3クラブを渡り歩きJ2では136試合に出場している。そして今季、J2長崎からFC東京に加入することになった。

大久保にとっての新たな挑戦は、大きな覚悟を必要としたはずだ。FC東京のゴールマウスには林彰洋がいる。フィールドプレーヤーと違って、GKに交代出場の3枠が使われることは戦術的にあり得ない。しかもその正GKが日本代表に名を連ねるレベルとなると、例え第2GKとはいえ控え選手が試合に出る可能性はほぼ断たれるのだ。

神戸戦でチャンスが巡ってきたのは、前節の大宮戦後に林が故障したからだ。篠田善之監督に先発を告げられたのは前日。しかし、「一昨日ぐらいからそうな(出場する)のかな」と思っていたので、準備はしていたという。

過去、J2での9シーズンで、リーグ戦への出場が1試合もないことが4年もあった。それでも「J1で出ることをプロになってから目標にやってきた」と向上心を損なうことはなかった。ベンチを温めつつ、待ち続けたチャンス。それがついに巡ってきたのだ。

試合は両チームともに動きがあるものでは決してなかった。その中でFC東京にとっての最初のピンチとなった前半19分のシュートを大久保が防いだことは大きかった。神戸の藤田直之のパスを受けて、小川慶治朗が右サイドを抜けた場面。大久保は「たぶん小川選手のシュートミス」という弾道を足でブロック。これを乗り切ってFC東京の守備は安定した。

0―0の足踏み状態が続く試合展開で最大の見せ場といえるのは、ゴールではなくGKのファインセーブだった。後半41分、左サイドを突破した神戸DF橋本和のクロスをハーフナー・マイクが完璧なヘディングで合わせる。ゴールを急襲した強烈なシュートに対し、大久保は左手一本でディフレクトする(はじき出す)美技で対応。次の瞬間、ボールはクロスバーをかすめてゴールラインを割るほどのきわどいプレーだった。

チームを救う、文字通りの神がかりセーブ。そして、次に来るのは「ピンチの後にチャンスあり」というセオリー通りの展開だ。2分後の後半42分、FC東京は大久保嘉人のスルーパスから右サイドを室屋成が抜け出す。そのマイナスのクロスを待ち受けたピーター・ウタカが「流し込むだけ」という右足シュートで先制点を決める。これが決勝点となり、FC東京はリーグ戦では8試合ぶりとなる無失点で勝利を収めた。

J1デビュー戦。勝利はもちろんだが、大久保にとってそれ以上に価値があったのがクリアシート(無失点)で抑えたことだ。「やっぱりGKなんで、すごくうれしい。リーグ後半戦はずっと失点が続いていたから」。プロ生活10年目とは思えない屈託のない喜び方。それはまるで新人選手のようだった。

今シーズン、公式戦4試合目。大久保にとって、ここまで出場した試合は決して満足のいくものではなかった。J1磐田との4月26日のYBCルヴァン・カップでは、開始18分で一発退場。6月21日に行われた天皇杯2回戦のJ3長野戦では1―1からのPK戦負けを喫している。

だからこそ、こんな劇画のような結末を誰が予想しただろうか。試合後にヒーローインタビューを受ける大久保の姿を。

「素直にうれしいです」

あくまでも自然体。格好をつけないで、感情を素直に表現する。そんなお立ち台の大久保を見て、努力している人にこのようご褒美があることは喜ばしいことだと改めて思った。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。