浦和をミハイロ・ペトロビッチ監督が指揮し始めたのが2012年。入れ替わりの激しいJリーグの監督事情を考えれば、一つのクラブを6シーズンも率いるのは、特別なことである。このように一人の監督が、一貫して同じサッカー観で長期間チームを指導する場合、監督の考え方はクラブのチームづくりの哲学に近いものになってくるのではないだろうか。

ボールをポゼッションし、主導権を握った攻撃的な試合を展開する。それが場合によっては、勝利よりも大切なのではないかというコメントを発する監督がいる。それが「ミシャ(ペトロビッチ監督の愛称)」という哲学を持つ現在の浦和だ。ただ、その変わらない哲学は、大きくは変わらないメンバー構成とともに、少しマンネリ化してきているのではないだろうか。

確かに方針がころころ変わるより、クラブの色がはっきりしている方が見る側からすれば分かりやすい。その意味でクラブが目に見える哲学を示すことは、ともに歩むサポーターにとっても目標が明確になるのは事実だが。

7月22日に、J1第22節のうち唯一前倒しで行われたセレッソ大阪と浦和の試合は、浦和の悪い面だけが目立つ内容となった。3月4日の第2節、同カードは埼玉で行われた。3-1で勝った浦和は、格の違いを見せつける感じだった。事実、春先の浦和は今までにない攻守のバランスのよさを見せ、ここ数年でも格段に強いという印象を個人的に抱いていた。しかし、いつの間にか立場は逆転し、並のチームに急落した感じだ。

前節までの18試合で、浦和が挙げた43得点はリーグ1位。普通に考えれば、この爆発的な得点力がありながらも8位という順位に低迷する現実。いかに浦和の攻守のバランスが悪いかということは誰にでも分かる。

浦和の問題は、攻撃を重視するがゆえに、あまりにもおろそかにされる守備への意識だ。直近のリーグ5試合で14点も奪われている。22日のC大阪戦での4失点も加え、19試合で34失点。1試合で2点に近い失点を許していれば、チームが勝てないのも無理はない。

首位C大阪が相手だったとはいえ、前半で4点を失い敗れた試合。失点の場面で個々の選手の集中力のなさが目立った。前半6分に杉本健勇に許した1点目の後、浦和のキックオフ。バックパスを受けたGK西川周作は、あそこでパスをつなぐ必要があったのだろうか。中央の柏木陽介に縦パスを入れたのだが、背後をまったく見ていなかった柏木が相手から狙われていたのは明らかだった。そのボールを奪われて2失点目。いくらキックに自信があるからといって、フィールドプレーヤーでもプレスを掛けられているあのエリアの選手には縦パスを入れないだろう。その意味で近頃の西川を見ていると、自分自身の「ポゼッションGK」というプレースタイルにこだわるあまりに、少し方向がずれてきている気がする。

3失点目もお粗末だった。ズラタンが1点を返して反撃ムードだった前半27分。浦和DFの跳ね返したボールが興梠慎三のところへ。そのボールをC大阪の山口蛍と競り合ったのだが、接触した興梠は簡単に倒れ込んだ。興梠としてはおそらくファウルだといいたいのだろうが、判定するのはあくまでもレフェリーだ。そしてレフェリーがファウルと判定しなければ、山口にゴールを許したように大きな代償を払わなければならないのだ。すべては戦う姿勢の問題だ。

人数はそろっているのだが、ボールにアタックにいかないで相手に好きにやられる。サッカーではこのような守備を、水を漏らす「ザルバック」という。いまの浦和の守備はまさにこれだ。しかも、問題のほとんどは選手の意識の持ち方で変えられるもの。それなのに一向に改められないのは、現体制に対しての精神的マンネリがあるのだろうか。

浦和がC大阪に2-4の完敗を喫した同じ日、親善試合とはいえ鹿島は強豪セビリアを2-0と下した。内容を見るとセビリアの実力が一枚上だった。それでも鹿島は、劣勢の試合を自分たちのものとしてしまう。勝利という結果を求め、一分の隙もなくそれに突き進み続けてきたクラブ哲学。その意味で鹿島は、浦和とは対照的だ。

岩崎 龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材は2014年ブラジル大会で6大会連続。