2年目を迎えた高橋由伸監督の巨人が、6月7日の西武戦で12連敗となり、長嶋茂雄監督1年目の1975年に喫した11連敗の球団ワースト記録を42年ぶりに更新した。

13連敗でストップしたが、あっという間に5位に転落。連敗中は投打とも低調で監督の采配が裏目に出る、よくあるパターンの連続だった。

一方で、巨人担当記者がこぞって世代交代が進まない課題、つまり若手選手の台頭のない現状が連敗の底に横たわっており、「常勝巨人」の裏にある問題点を指摘している。

▽広島に大きく負け越し

巨人は開幕5連勝と今季も好調な出足だったが、つまずいたのは広島戦で、4月の今季の初対戦で“3タテ"を食らった。

対戦成績は現在1勝10敗。それもこてんぱんに打ちのめされる負け方だ。

昨年優勝してすっかり自信を付けた「若手中心の」広島の勢いばかりが目立つ内容で、巨人ファンも「ベテランに頼る巨人と違う」と感じているのではなかろうか。

▽ドラフト戦略はどうか

38歳の阿部中心のチームから脱皮できていない。坂本勇人は昨季、首位打者となるなど成長著しいが、「ポスト阿部」の一番手ながら「坂本のチーム」とはなっていない。

その上、ここ10年間で獲得したドラフト指名選手がレギュラーの座をつかんでいない現実が浮かび上がる。

即戦力はFAでの補強に頼り、ドラフトでは他球団との競合を避けるように高校生らを軸に指名してきた。

こうしたドラフト戦略は2軍から選手が育ってこないことで行き詰まっている。逆に2軍では野球賭博問題を引き起こした。育成どころではないのだ。

▽鹿取元投手がGMに

今季FAで陽岱鋼、山口俊、森福允彦らを獲得したが、けがなどで出遅れた。その結果が連敗につながったとして、異例ともいえるシーズン中のゼネラルマネジャー(GM)の交代が行われた。

6月13日、巨人はチーム不振の責任を取り堤辰佳GMが退任し、後任に巨人や西武で投手として活躍した鹿取義隆GM特別補佐を昇格させた。

日本球界でGMあるいは球団本部長などのチーム編成責任者が不振の責任を取ることはまずない。しかもシーズン途中の交代は契約社会の米国ではまずない。

▽さすが巨人と思いきや

私は常々、成績不振の責任を監督だけに負わすのではなく、GMなどの編成責任者も“同罪"だと思っている。そうしないと、いつまで経っても監督の首のすげ替えだけで「事を済ませる」結果に終わり、長期的な視点でのチームづくりができるプロのGMが育たないからだ。

そうした先鞭をつけたのかと思いきや、どうやら今回のGM交代はファン向けの言い訳のようだ。無理に現役を退かせて監督に迎えた高橋監督に批判が向かないようにしたいのだろう。

巨人系のスポーツ新聞は盛んに「鹿取氏のプロ選手としての経験がGMとして生きる」と言っている。

慶大野球部出身だった堤氏とは違うと言いたいようだが、日本やメジャーの例を引くまでもなく、プロ野球経験の有無がGMにとって不可欠なこととは思えない。厳しい言い方をすれば、所詮は「読売の社内人事」の域は出ないのだ。

▽日本ハムに名GM

当コラムでも何度か取り上げたが、日本ハムの吉村浩GMはプロ経験はないが、メジャー球団で学び、日本球界で実践している。

メジャー球団のGMもプロ選手経験者はそう多くはなく、経営学修士(MBA)取得者がGMを務める例は多い。その道のプロとして働いている。結果が出ないと首になるし、成功すれば億単位の年俸をもらえる。

▽清武GM時代

実質的な巨人のオーナーである渡辺恒雄氏とけんか別れしたのが清武英利元球団代表兼GMだった。野球に素人の読売新聞社会部記者だったが、次々と球団改革に乗り出した。

特に選手の育成に力を入れ、今も中継ぎで活躍する山口鉄也を見いだし、2008年に新人王に育てた。

3軍構想を打ち出すなど球界の改革にも積極的だった。清武氏はチームづくりの上で乗り越えなければいけなかった“ワンマン"渡辺氏との戦いの日々を「巨魁」(ワック刊)に書き残している。

いずれにしても、07年からのリーグ3連覇、さらに12年からの3連覇に清武氏が大きく貢献したのは間違いないが、その名前や実績を示すことすら巨人ではタブーだろう。

▽全権委任

日本で初めてGMを名乗ったのはロッテでの広岡達朗氏だが、球団決算の権限までは与えられていない。

その点、西武の根本陸夫氏はそれらを与えられていて、彼がメジャーでのGMに近く、実質的に日本での最初のGMだったといえる。

根本氏は表面上は「堤義明オーナーの考え通りのチームづくり」と言い続けたが、実際のところは両者の間に球団担当の役員がいて橋渡しをしていたことで、スムーズにことが運び、西武は短期間で名実ともに球界のトップに立てたのである。

球団を持ったダイエーがチームづくりのプロとして根本氏を高額でヘッドハンティングし、今日のソフトバンクの基礎をつくった。パ・リーグに王貞治監督を実現させたのも根本氏の手腕による。

▽苦戦の高橋監督

13日からのソフトバンク戦ではエース菅野で勝ち、2戦目は戦列復帰した山口俊が初先発しマシソン―カミネロとつなぎ、史上4度目の継投による「無安打無得点試合」を達成して連勝。どん底から脱する兆しが見えてきた。

ただ、コーチ経験もなくいきなり監督に抜てきされた高橋監督は気の毒ともいえる。

長嶋監督も同じように現役引退即監督となり1年目は最下位。そんな反省から王貞治氏の場合、巨人はコーチ経験を積ませて監督に昇格させた。

そうした手順すら踏まず誕生したのが高橋監督だった。むしろ問われるのは監督ではなく、球団の姿勢ではなかろうか。

「勝ちながら育てる」なんて簡単に言うが2、3年目をつむる覚悟でないと、どだい無理な話なのだ。それに耐えうる体質は巨人にないと見ている。

田坂貢二(たさか・こうじ)のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆